実は、「脱地主革命の失敗」という言葉と出会わなければ、この本は成立しなかった。そもそも「脱地主革命」は私の造語だし、その失敗から始めるなんて、ずいぶん手の込んだ話だ。なので、はじめにこのからくりをご説明してから本題に移ることにする。

 

地主とは、土地を支配する人のこと。土地が広大であれば大地主だが、さらに周囲の地主から認められ、誰の支配も受けなければその土地は独立し、地主は王となる。王の下に貴族や領主がいて、地主は領主に仕えていたが、その役割は所有する土地を任されて、王の代わりに支配することだった。つまり地主は、国という会社の社員のようなもので、出世すれば貴族や王になると考えていい。世界一の大地主は、名目上ではイギリスのエリザベス女王と言われているが、ギネスブックではアメリカ合衆国となっている。共産革命後に全ての国土を国有化した中華人民共和国や、共有化したソビエト連邦など、支配者である国は所有権そのものを自由に定めることができる。

 

日本で個人の地主が誕生したのは、743年の聖武天皇の治世に発布された“墾田永年私財法”により、『開墾した土地の永続的な私有』が認められた時のこと。開墾した土地は荘園として支配され、そこで収穫される米を年貢として納める仕組みが確立した。その後、社会全体の支配者は天皇から武士になり、鎌倉時代には貨幣経済が進展し年貢が銭納に変化したり、戦国時代には荘園制が町村制に移行したが、豊臣秀吉の太閤検地により一つの土地に対する重層的な支配・権利関係がほぼ全て解消され、年貢納入は村落が一括納入の義務を負う村請(むらうけ)の形態となり、こうした村落支配体制は江戸時代にも継承され、地主の役割が「年貢の取りまとめ役」として明確になった。

 

このように、永い間、王の手先となってきた地主の役割が明治維新で終わることになった。明治維新はご存知の通り、廃藩置県で幕藩体制を壊し、廃刀令で武士階級を無くすなど、日本の歴史上革命と呼べるような大変革を一度にたくさん成し遂げたので、「地主制の廃止」など大きく取り扱われることはない。1873年(明治6年)の地租改正による年貢制の廃止で「年貢の取りまとめ役」という地主の役割が終わり、地主の時代は結局1130年間も続いたというのも、決して定説でなく私の見解に過ぎない。さらに言えば、フランス革命で国王が死刑になったように、地主たちが処刑されたわけでもなく、代表的な役割が町や村の役場に引き継がれたというソフトな革命だ。したがって、正確には「終わりの始まり」に過ぎないし、現在土地を買っても「地主になった」とは誰も言わないところを見ると、地主の時代はほぼ終わっただろうと推測しているに過ぎない。

 

このあと紹介する「脱地主革命」のプロセスも、まさに日本の近代史そのものと連動しているし、今や土地所有者が4千万人以上に増加したことは、土地所有に関する問題に、一握りの地主だけでなく国民全体が関わる時代になったことを示している。だからこそ、誰も失敗したなどと思っていないだろうし、途中までは成功だったのかもしれない。ところが、世の中は簡単に「めでたしめでたし」では終われない。話には必ず続きがあり、成功にも必ずその先がある。誰の目にも成功だったはずの「脱地主革命」を、もしも失敗だとしたらという目線で見直した時、すべてが納得のいく裏返しに見えてきた。

 

本章では、地主の様々な役目を手放していく外面的プロセスと、地主自らが自分の役割を後継者に引き継がなくなった内面的プロセスを振り返り、「脱地主革命」の実態とその失敗を明確にする。それを踏まえて空き家問題の原因や影響を検証することにより、「脱地主革命」の失敗が空き家問題をもたらしたことを解き明かす。先ほど「成功にもその先がある」と言ったが、失敗にもまたその先がある。だからこそ、成功への通過点だと思って、失敗の話を聞いて欲しい。