空き家とは、使えるのに使われていない家のこと。戦後まもなく1948年(昭和23年)から総務省が5年毎に実施している「住宅・土地統計調査」において、すでに空き家の項目があることから、空き家は決して社会問題ではなく、住宅のストック(在庫)的な存在だった。この調査は全国約350万世帯の実態調査をもとにして統計処理により算出するのだが、調査開始時には空き家の概念が無く「一時現在者のみ(昼間だけ使用しているとか,何人かの人が交代で寝泊まりしているなど,そこにふだん居住している者が一人もいない住宅)」として分類されていた。たが、2回目の調査ではこの数字が減って空き家の項目が追加されたところを見ると、1回目の一時現住者のみに空き家が含まれていたと考え、本書ではその数字を空き家の目安としたい。(2回目の調査は都市部しかできなかった)

 

その後、空き家の内訳も次のように分類されるようになった。

分類 内容
二次的住宅 別荘:週末や休暇時に避暑・避寒・保養などの目的で使用される住宅で,ふだんは人が住んでいない住宅
その他:ふだん住んでいる住宅とは別に,残業で遅くなったときに寝泊まりするなど,たまに寝泊まりしている人がいる住宅
賃貸用の住宅 新築・中古を問わず,賃貸のために空き家になっている住宅
売却用の住宅 新築・中古を問わず,売却のために空き家になっている住宅
その他の住宅 上記以外の人が住んでいない住宅で,例えば,転勤・入院などのため居住世帯が長期にわたって不在の住宅や建て替えなどのために取り壊すことになっている住宅など
建築中の住宅 住宅として建築中のもので,棟上げは終わっているが,戸締まりができるまでにはなっていないもの(鉄筋コンクリートの場合は,外壁が出来上がったもの)。

 

なお、総務省の調査対象は、あくまで居住可能な住宅やアパートであり、老朽化などで居住できない廃屋は含まれていない。したがって、2014年に制定された「空家等対策の推進に関する特別措置法」に定められる「特定空家等」は、
・倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態
・著しく衛生上有害となるおそれのある状態
・適切な管理が行われていないことにより著しく景観を損なっている状態
・その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態
のように、生活できない廃屋のような状態を指すので、総務省の定義する空き家
とはあまり重複しないようだ。

 

地主からの脱却は、地主の役割を社会や会社に移行した戦前と、農地改革などで地主を解体し土地の所有の民主化が進んだ戦後に分けられるが、第二次世界大戦で大部分の都市が壊滅的に破壊されたことを勘案すれば、空き家問題は戦後の議論としても良いと思う。その結果わかることは、戦後の復興から現在に至るまで、住宅総数も空き家数も一貫して増加しているということだ。1993年以降のバブル崩壊や2008年に起きたリーマンショックなどの経済危機だけでなく、1980年代から増加が止まった日本の人口にすら関係なく、現在も増加を続けていることは驚きだ。住宅ニーズが高まったのは、初めは戦災による住宅不足だったに違いないが、その後も現在に至るまで増加し続けるのは、先に述べた通り建設立国へのシフトだろう。だがその裏を返せば、農業や家業を営んでいた地主が仕事を捨て、都市に移住するようになったためだ。住宅の増加は都市部に集中し、地方の過疎化が進行するが、それはすなわち地元の家業を捨てて、都会で就職するためだ。

 

こうして増え続ける住宅から、一時居住者のみの家や空き家を除いた「使われている家」を「居住世帯」と呼ぶ。世帯とは生計を共にする同居家族のことであり、住宅戸数の増加は、人口増加でなく世帯数の増加に支えられていることになる。1980年代には日本の人口は頭打ちとなったのに、世帯数が増えるのは、世帯当たりの人数が減っているためで、総理府の調査した「家族類型別一般世帯数」の推移を見ると、夫婦と子供標準世帯は変化せず、単身、夫婦のみ、そしてひとり親と子供の世帯が増加している。唯一減少傾向にあるのが、その他の「多世代家族」だが、これこそ地主時代の家制度の名残であり、脱地主を示している。民主化に伴う個人主義の浸透は、住宅内の家族関係だけでなく、相部屋形式の寄宿舎などのプライバシー確保を求めるようになり、ワンルームなどの小型住宅の供給を促進した。

戦後の住宅ブームと連動して、住宅不足が解消し、人々は大家族制から開放され、そして都市環境の整備が促進したことこそが、脱地主革命の成果だと私は思う。だが、それらの変化がさらに進み、その後の住宅の増加や世帯数の増加が次第に少子高齢化や無縁社会をもたらし、ストックの増加は供給過剰を招き、空室や空き家と呼ばれるようになった。明治維新以後の歴史を脱地主革命的に読み解いてきた流れでいえば、空き家問題をどのように位置づけるかが重要だ。脱地主革命がすでにその目的を達成し、その後の迷走が空き家問題をもたらしたなら、解決策を求めその達成地点を訪ねる必要があると思う。だが、脱地主革命がまだ途中で、空き家問題が単なる通過点に過ぎないのなら、私たちは革命の目的を再確認し、そこを目指して前進すべきだ。

 

土地を売買する所有者でなく、継承する地主にとって、その継承の中身は土地を使う仕事であり、それで養う家族であり、それらをやり続けるための土地そのものだったはず。これらを引き継がずに捨てることで、日本社会の目覚ましい発展が実現したと私は思う。だが、それらの副作用として発生したのが空き家問題であり、その問題は今後ますます深刻化していくと思われる。そこでこの項では、地主が継承していた仕事・家族・地域と空き家問題との関係について考えたい。空き家問題が単なる表面上の症状だとしたら、それを引き起こす病気の正体は何なのかを考えてみたい。