空き家とは「居住用の住宅」のことだが、そもそも住宅という建築分類は、事業に使わない生活用の建物であり、明治以降に普及した職住分離によって生まれた「新しい形式」だ。それ以前に存在した住宅と言えば、江戸時代の武家屋敷や、都市部での長屋などしか見当たらず、その他はすべて農家や店、宿屋など業務用の建物で、本格的に住宅が建設されるようになったのは、明治以降に生まれた役所や会社に勤める人たちのためだった。だが次第に戦争時代に突入し、第二次世界大戦が終わるころには日本の都市部はほぼ壊滅する。当然住宅の多くは都市部に集中していたので、住宅供給と空き家の発生は戦後に再スタートすることになる。

 

ちなみに職住分離とは、自宅での事業をやめ、外部の職場で働くこと。創業者にとっては事業の拡大を意味するが、大部分の雇われた人たちは家業をやめてきたことになる。江戸時代に会社はほとんど存在せず、工業や商業は個人経営の家業として、家族経営がなされてきた。現在世界に残存する創業200年以上の長寿企業の半分以上が日本にあると言うが、その多くが家族経営の旅館や店舗だということがこのことを良く物語っている。したがって、住宅の普及は社会と会社の発展の証と言えるが、その反面、人々は個人の家業を継承せず、より待遇の良い職場に就職するようになった結果ともいえる。

 

こうして継承者がいなくなることで、家業の廃業が促進される。家業とは自分が所有する土地や家で行う事業なので、空き家となった事業所はやがて賃貸に供されることになる。皮肉なことに、自宅で行う家業は自由な上に賃料の負担も無かったので、賃貸利用する事業者は好立地でないと事業は成り立たず、事業用の建物は次第に居住用アパートなどに建て替えられる。このように、賃貸や売買によって生み出される住宅は、仕事の継承を諦めた土地に建てられることは現在に至っても変わることはない。

 

一方で、永続を目指す家業を捨て、好条件の立地を求める事業スタイルや、必要に応じて転居する生活スタイルが定着すると、土地所有よりも賃貸の方が良いと考える会社や人が現れる。土地購入には大金が必要な上、土地は減価償却できないので購入費用を損金にできないが、賃貸であれば賃料を経費として損金処理し、節税できる。ビジネスは永続性の前に、収益性を追求する必要があり、土地や建物が収益を生まなければ、いつでも撤退する覚悟が必要だ。その時土地を所有していると、移動や撤退は難しいが、賃貸であれば簡単だ。

 

こうした需要に支えられ、賃貸利用される土地や建物が増えていったが、賃貸経営を行う上で、満室では新規入居者を募集できず、事業拡大や継続のためにはある程度の余分な空き室が必要だ。だが、空き家の分類ごとの構成比をみると、賃貸用の空室が半分以上を占めていることが判る。

分類別空き家数構成比(平成25年住宅・土地統計調査特別集計)

1.二次的住宅(常時住んでいないが使っている)  5%

2.賃貸用住宅(貸したいのに借り手がいない)  53%

3.売却用住宅(売りたいのに買い手がいない)   4%

4.その他(用途がなく使われていないか分類不能)39%

これらは全て適度な在庫量を越えていて、供給過剰による不良在庫と言わざるを得ないが、現在も確実に増え続けている。リフォームなどで設備を改善したり、賃料値下げなどのサービスをして空室を埋めたとしても、その分他所に空室が発生して、空室の総数は変わらない。空き家とは使われていない家のことなのだから、新たな利用者が生まれない限り絶対に減ることはない。

 

家業をやめた地主が、家業の代わりに賃貸事業を始め、家業をやめた従業員は、転職して新たな賃貸住宅に転居する。あらためて、自分の家でやり続ける仕事を家業と呼ぶならば、結局、空き家を生み出した原因は家業をやめる廃業であり、空き家が減らない原因も家業が増えないためだと言えるだろう。脱地主革命は、仕事の継承をやめることで、確かに経済の発展と豊かな生活を実現した。だがその成功は副作用のように使われない家の増加という失敗を伴い、廃業が増え起業が減る一方だ。使われない家を挑戦者に提供せず、家賃を払える少数の成功者に依存するようになることが、脱地主革命の目指した未来なのだろうか。