現代を生きる私たちにとって、土地は「地球」だと考える必要がある。人間は地球の表面に暮らしているので、土地を地面だと思いがちだが、地面の内部も、地上の空間も土地に含まれる。一般的には地表が水で覆われていない陸地の部分を指すが、それは海のことを意味しており、河川や湖沼のような陸地に囲まれた水面は、干拓も可能であり、土地に含まれると考えるべきだろう。地中の土砂、岩石等はもちろんのこと、金銀ダイヤ、石油や天然ガスなどの鉱物資源も含まれる。また、上空から降り注ぐ雨や雪、風や雷はもちろんのこと、地球外から降り注ぐ太陽光や宇宙線、そして流れ星や隕石、月の引力による干潮の影響などすべてが含まれる。これらの状況は、固定的なものから変動的なものまで様々だが、加工や変形も可能だ。大きな話でいえば、大陸はプレートと言われるかたまりごとにゆっくり移動していて、位置やカタチが変化している。降雨や干ばつなど天候の影響で、砂漠化や風化・浸食が起きている。また、地震や水害などにより地形が変化し、水没してしまうこともある。

 

まず、土地が地球であることから、その有用性を考えよう。地球に埋まっている鉱物や地球に降り注ぐ全てのモノが資源として利用できるのだが、資源の最大の有用性は「無償」であるということで、すでに土地は本来無償だと述べた通りだ。これは金銀や石油だけでなく、海で採れるマグロも同じこと。つまり、お金を取るのは人間だけであり、人間が介在しなければ、すべては無料ということになる。もちろん地中深く掘ったり、遠洋に出かけるにはお金がかかるが、資源そのものの代金を地球に支払う必要はない。ノルウェーの電気が水力発電で95%賄われていると言うが、日本でも屋久島では水力発電による発送電の分離がすでに実現しており、本土への電気供給計画まであったという。自然の恩恵が無料だということは忘れてはならない。

 

そして、土地の変化に関する有用性についてはどうだろう。それは、役に立たなかったものが役立つものに変化することだとすれば、例えば不味かったものが美味しくなったり、醜かったものが美しくなるとか、価値の変化と言えるかもしれない。植物が成熟したり、食べ物が発酵することで美味しくなったりすることや、季節の変化によって様々な景観が楽しめるのも、土地を介して起きる変化だ。ゴミという言葉に漢字が存在しないのは、昔はゴミが無かったからだと言える。自然界に存在しない化学物質を作る以前は、全てのモノが自然に帰ったので、ゴミは存在しなかった。食物が腐ることは、食べるには危険だが廃棄には好都合な有用性だ。このように、土地の変化を有用性にするには、工夫が必要かも知れない。

 

次に、地球で出来ている土地資源の永続性について考えてみよう。そもそも永続性は永く続くという意味だが、永いとは永遠のことでもある。地球ができてから46億年と言われるが、それも決して永遠ではない。恐らく永遠とは未来を指し、終わりが無いことを意味するのだろう。その意味でいえば、石油などの埋蔵資源は有限であり、いずれ枯渇するので永遠ではないが、土地は特定のモノでなくスペースの範囲を示すので、地殻変動などで陸地が無くならない限りいつまでも存在する永遠の資源と言えるだろう。

 

また、地球上では循環や再生により無限に供給される資源がある。地球外の宇宙にある太陽の光や月の引力、そして地球の自転などから発生する温度変化や風、雨などは、永遠にエネルギーなどを供給してくれるし、そのおかげで生息する生物もまた、循環や再生を担っている。ただ、これらのしくみは地球全体で見れば成り立っているかもしれないが、その一部分である土地の中で完結しているとは限らない。土地の永続性には、ある程度の規模または周囲との連携が欠かせないのかもしれない。

 

最後に、地球で出来ている土地資源の独自性について考えよう。地球はほぼ球体なので、すべての土地からはほぼ同じ地平線が見えるはずだが、陸地部分が変化を繰り返し、地軸を中心に自転しながら太陽の周りを公転するために全ての緯度ごとに気候が異なるため、すべての土地が異なる地質(地中)と地形(地表)と気候(上空)を持っている。こうした総合的な土地の独自性は風土とも呼ばれ、宗教や文化にも多大な影響を及ぼすが、その独自性は人為的な工作物にも影響し、景観に最も現れる。

 

一方、自然や文化が生み出す独自性は、その類似性によって分類を生み出す。富士山に似た山が各地で〇〇富士と呼ばれたり、にぎやかな通りを各地で〇〇銀座と呼んだり、「似ている」とか「同じ」という概念自体が、基本的にすべてが異なるから存在する。先ほど述べた変化の有用性と同様に、独自性と類似性の双方をうまく使い分ける工夫が必要かも知れないが、できれば真似る側でなく真似られる側になりたいものだ。