l は何のため・人間と動植物
私たち人間は2足歩行する動物なので、土地が無くては生きていけない。したがって、土地は全ての生活と活動に欠くことのできない基盤と言えるだろう。だが、地球は決して人間だけのものではなく、すべての生物がここで共存している。目に見えない微生物が果たしている役割や、動植物の生態系については、まだごく一部しか解明されていない一方で、昔の人々が経験的に知っていた知恵は失われつつある。1000年かけて地主たちが構築してきた動植物たちとの共生の仕組みは、近代化とともに失われ、化学物質による汚染は人体にも及んでいる。多様な生命の共存を図らない限り、人間だけが生き延びられるとは思えない。だが、土地は所有者によって支配されていて、土地利用の目的は所有者によって決められる。所有者のいない土地は何の目的もないが、所有者が国家であったり企業であれば、それぞれの目的に沿って使用されることになる。

 

それでは、土地利用の目的と有用性の関係を考えてみよう。土地は地球なので、その有用性は急に変化するものではないはずだ。だとすると、考える必要があるのは土地利用の目的の方だろう。地主の時代の目的は、極論すれば年貢の収穫が最優先だったに違いない。だが、その後は資本主義経済の社会となり、収益と税収の確保が最優先されてきた。そして、使われない土地が増えてきたのが現在だとすれば、土地利用の目的を喪失している状態かも知れない。そうなると、今必要なのは人間にとっての新たな土地利用目的の創出だ。もし目的が無いのなら、土地は自然に返すべきかもしれない。

 

自然保護と言えば、アメリカの国立公園では山火事が起きても消化しないで放置するという。それは、山火事は自然現象であり、国立公園が自然保護を目的としているからだという。そこでさっそく日本の国立公園を調べてみると、「日本を代表する自然の風景地を保護し利用の促進を図る」ことが目的で、国立公園の面積の約60%が国有地だが、残りの40%は民有地だ。これでは、山火事の放置などとんでもないし、動物の死骸も放置せずにいちいち埋葬しているという。また、世界の砂漠では緑化運動が推進されているが、砂漠にも固有の生態系があるので、 導入される植物だけでなく、緑化によって引き起される気候の変化も、砂漠の生態系に甚大な影響を与える危険があるという。自然保護も簡単ではない。

 

次に、土地利用の目的と永続性について考えてみよう。土地利用の目的は、所有者が自由に決めることだと先ほど述べたが、その目的を簡単に達成できるなら、土地資源の永続性は必要ないが、目的実現に時間がかかりさらに終わりがないのであれば、永続性は不可欠だ。ここでいう「終わりがない」とは、終わりを描くことができないという意味だ。例えば「自分の死後、後継者に引き継ぐ夢」はさらに後継者が死ぬ時も引き継いで欲しいのであって、それを急いで叶えて欲しいわけではない。むしろ、終わることなくやり続けて欲しいという望みであり、まさしく永遠を願っている。

 

こうした願いは決して特殊ではなく、社会はどこも永続を目的としている。「どーんと儲けて解散しよう」という会社は幾らでもあるが、社会は永遠を目指している。だから、社会に土地が欠かせない。たとえ財政が破たんしようと、住人が少なくなろうと、その土地を使い続ける人たちがいる限り、その社会は無くならない。その意味では、その社会の住人は人間だけでなくてもよいのだろう。人間が少なくても、豊かな自然や動植物たちがいれば、そこは立派な地球と言える。むしろ人間が占拠して、だらしなく放置するより、よほど見事な土地利用と言えるのかもしれない。

 

最後に、土地利用の目的と土地資源の独自性の関係について考えてみよう。「【環境】とは、自分を囲む環(わ)を境にした内側のことで、そこにあるモノだけで生きていけるように進化してきたのが自然の生物だ。」と、東北大名誉教授の石田秀輝さんから聞いたことがあるが、これまでに形作られてきた土地や地域の独自性とは、まさにこうした現地調達主義の賜物だと思う。地元にある材料で家を建て、地元で採れる作物を食べるうちに、地域独自の景観やライフスタイルが確立した。だが、世界中から好きな材料を選べるようになったため、土地資源本来の独自性は薄れつつある。

 

しかし、グローバル化が進んだ現代だからこそ、むしろ地域の特色が求められ、ローカルな情報を世界に発信できるようになってきた。余談だが、人や会社の身分を証明するときに必ず「住所・氏名」と要求されるのは、実は名前でなく住所の方がユニーク(唯一無二)だからだそうだ。だが日本では、脱地主と共に土地の個人所有化が進み、現在約4800万人の地主が存在する。全ての土地は、所有者の意志に基づいて利用されるため、その目的は生活や仕事の他、趣味や娯楽など多様ではあるが、売買を繰り返すうちに土地や建物の細分化が進み、使用目的の一律化や固定化が進んでいる。誰もが大地主を目指す必要はないが、土地資源の独自性を発揮するためには、共有や連携などによる土地資源の大型化も必要かも知れない。