土地は地球という具体的な資源であると同時に、世界という抽象的な範囲のこと。地球は宇宙に浮かぶ一つの星だが、世界とは地球上のすべての人間社会の全体を示す。そして、世界が全体で、その構成要素が個々の地域社会だとしたら、世界の一部分である国は地域社会で出来ている。また、世界という言葉には、勝負の世界や役者の世界のように、何かの分野や集まりを指したり、世界観のような場所や空間のイメージを指すこともある。そこで、土地を利用することで、そこに実現したい全体のイメージや分類、特徴などを説明するために、世界という概念の使い方について考えよう。まずは世界を範囲として見た場合の全体・部分・要素の仕組みから説明する。

 

全体とはすべての要素のことであり、逆に言えば、要素の集まりが全体だ。要素はそれ以上分解できない1つずつのことであり、全体とはすべてのことなので1つしか無い。例えば、地球上に70億人の人間が暮らしているとしたら、人類という全体を構成する要素は70億人の人間ということになり、その他のイヌやネコは含まれない。つまり全体は必ず要素だけで構成され、逆に要素が集まったものを全体と呼ぶ。そして、70億人のうち35億人が女性で残りが男性だとすると、人類は男性と女性で構成されることになるが、これを部分と呼ぶ。男性も女性もどちらも人間なので、全体は部分の集まりであると同時に、部分は同じ要素から成り立っていることになる。

 

この例では人間が要素になっているが、要素を選ぶことで、その世界の分野が決まる。要素が人間だから全体が人類になるが、要素を国にすれば全体は約200か国の世界になるし、要素を大陸にすれば、5大陸の世界になる。だが、部分の場合はもう少し話は複雑になる。先ほど人類を男性の部分と女性の部分に分けたが、実際には男女の区別が難しかったり、逆転している人もいる。そうなると、分類は複雑になり、合計が70億にならなくなったりすることもあるが、それを明確にすることが目的ではなく、そうした状況を理解し、説明することが目的だ。

 

また、この議論は全体・部分・要素のどこから始めても構わない。例えば人間が一人の全体だとしたら、要素は細胞で部分は臓器かも知れないし、皮膚が要素で、手足や顔などの部位が部分かも知れない。人間が部分だとしたら、乗馬や競輪の出走者や機動戦士ガンダムが全体で、機能ごとの部分や部品が構成要素かも知れない。結局どこから決めても構わないので、最終的に確定した全体・部分・要素の組み合わせによって、世界観やイメージの特徴や類似性を説明することになる。

 

土地のことを理解するのに、なぜこのような抽象的な説明をするのかというと、それは普段私たち自身が物事を理解する手順がこのようなプロセスだからだ。例えば町を歩くとき、道の両側には家が並んでいるが、それらの家の1軒がどこまでで、何件並んでいるかなど数えもせず、「道の両側に家が並んで立っている」程度に大まかに把握している。そのまちが全体で、道路に囲まれた区画が部分で、構成要素が家ならば、まずは目的の区画にたどり着いてから、何件目かの家を探し始める。土地利用はまさに場所の問題であり、その用途はどんなジャンルでどうすれば辿り着けるのかは、空間的にも内容的にも決しておろそかにできない。

 

という訳で、本項ではこの方法を利用して、土地に関する説明方法について考察する。はじめに、土地を構成要素として捉えた上で全体や部分を考察し、次に土地を全体として捉えた上で部分や要素を考察し、最後に土地を部分として捉えた上で、全体と要素について考察する。