土地を売買するための資産でなく、使用するための資源だという考え方について説明してきたが、これは決して新しい考え方ではなく、明治維新以前には当たり前の考え方だった。だが、産業革命以後、人間は自然の恵みだけに依存するのでなく、新たなエネルギーや機械を駆使して開発や建設を行うことにより土地に付加価値を付け、商品化して売買するようになった。農業など土地使用による収益は、永続的ではあるが不安定であるのに対し、土地売却は一時的ではあるが大きな収益をもたらしてくれるのだから、土地所有者たちが土地使用よりも売買に関心を持つようになるのは当然のことだろう。

 

実際に、明治維新以降の所有者の人数が、8百万人から4千8百万人に増加したことはすでに述べたが、それ以前の家督継承なら所有者数は増えないはずなので、この増えた4千万人分は分割相続若しくは分割売却の分に相当する。分割相続した人の一部を除けば、この人たちの大部分は決して転売目的でなく、自家使用のために土地を所有したとは思う。だが、使う必要性が無くなったり転居の必要性が生じれば、当然売却を中心に処分方法を考えるだろう。もちろん賃貸という方法はあるが、損得勘定が優先する。すでに土地神話の時代は終わったが、今では、より小さい家への買い替えを希望する人も増えている。

 

こうして、土地所有者の役割が土地使用から土地売買に変化したことが、空き家問題の本質だ。確かに空き家のうち「売却希望」の比率は高くないが、それは初めから売却を諦めているためであり、土地が売れにくいことが影響している。だが問題は、なぜ売れにくくなったのかということだ。土地購入者は土地を自家使用するか、仕入れて販売するかのいずれかだ。土地が売れにくくなれば、販売用の仕入れも減る訳で、結局土地の実質購入者(エンドユーザー)は、土地を自家使用する人だ。また、自家使用には賃貸経営も含まれる。デフレ経済のおかげで低金利が続き、不動産投資が有利だという理屈は判るが、それはあくまで入居者がいる場合の話であって、空室では成り立たない。空き家の過半数は賃貸の空室であることを考えれば、結局空き家の増加に賃貸の失敗も含まれている。

 

結局土地の売却は、土地を自家使用するエンドユーザーがいなければ成り立たない。賃貸事業でも構わないから土地から移動せず、永続的に事業を続ける事業者がいなければ、土地余りや土地放棄は増え続けるに違いない。だが、考えてみればこれは当然だ。土地売却とは土地所有権を手放すことであり、土地所有者の役目ではない。そこで本書では、土地所有権を「土地を永遠に所有できる権利」と定義したい。そもそも土地は永久なので所有権に期限はなく、むしろ人間に寿命があるために相続という制度があるわけだ。私は土地売買そのものを否定しているのではなく、すべての土地を売買する必要はないと考える。あえて土地売買を所有権放棄と位置付けることで、地主を「土地を売買しない人」と定義し、土地を売買する所有者や不動産ビジネスと区別したい。

 

土地を資源と考えるのは、一見地主の時代に戻るように思えるが、土地に対する知識も認識も異なる現代だからこそ、新たな概念が必要なのと同じに、売買せずに永遠に所有する権利についても、封建時代に戻るのでなく、新たな概念としてきちんと理解してから、これからの地主の役割を考えたい。そこで、この章を「永遠の所有権」と題し、土地売買でなく土地使用を目的とする所有権について、次の3点を考察する。

 

まず初めは所有権の種類について、世界の様々な所有権を紹介しながら考察するので、現代社会における所有権の現状を理解して欲しい。

2つ目は所有権の内容について、売買中心の解釈を土地使用中心の解釈に修正して説明するので、売買しない所有権について理解して欲しい。

そして最後は、所有権に対する様々な制約について、現状日本の土地所有権に関する制約や、所有者の義務について説明するので、今後の地主の役割を考えるヒントにして欲しい。

 

地主は土地の王様だ。王様が一人で国を作れるわけではなく、多くの人の賛同や協力が必要だが、王様にやる気が無ければ国づくりは始まらない。たとえ小さな土地でも、その所有者は何でもできる地主であることを忘れずに、所有権をフル活用して欲しい。