国づくりを事業とする法人が目指すのは、民主的な社会を作ること。ここでいう民主化とは市民主導のことで、行政に依存するのでなく、行政を活用しながら地域を経営し、自立・独立を目指すこと。そもそもこの取り組みを「国づくり」と呼ぶのは、日本に対抗するための国を作るのではなく、むしろ国内を世界に見立てた「まちづくり」のこと。「まちづくり」という言葉が、市町村の町と区別するためにひらがな標記になっているのと同様に、市町村とは別の自由で自立した取り組みを意味している。だから、独立という言葉も、国家としての独立を意味するのでなく、周辺地域からの承認や支援を得られるように積極的な外交を行うことを意味している。私たちは、すでにいくつかの取り組みを始めているが、それらに共通する課題が見えてきた。

 

一つは、国民の定義に関する問題だ。現状の自治体を中心とした地域社会は、あらゆる行政サービスの基礎となる住民登録をしている人を住民としており、地域社会における人々の営みとは様々な食い違いが生じている。住民登録者数を夜間人口と呼ぶのに対し、日中の流出入を考慮した人口を昼間人口というが、東京や大阪の中心部ではのその差は4倍を超え、千代田区に至っては17倍を超えている。これらは特殊な地域なので、特別な配慮があるとは思うが、夜間人口を基準とした行政の体制では、災害時の対応など無理がある。そこで、地主の国づくりにおいては、「地主を国民」として「地主以外はゲスト」と位置付ける。ここでいう地主とは、地主法人のメンバーのことで、法律上の地主は一人かも知れないが、残りは土地を共有する家族のようなもの。土地を法人所有すれば、その権利はさらに明確になるだろう。

 

そうなると、地主以外のゲストに対し、サービスを提供するのが地主の仕事となるが、それは行政に出来ない地域サービスのことでもある。例えば、学校の統廃合により、地域の学校が無くなってしまうと、子どもたちは地域のことを中心に据えた教育を受けられなくなる上に、地域内で学ぶことすらできなくなり、地域への愛着や地域内での友情を育むこともできなくなる。高校や大学の無いまちから若者が巣立つのは止められないが、彼らのUターンや、新規のIターン者がいなくなれば、地域社会は確実に消滅する。だとすれば、行政が地域サービスをどこまで担うべきなのか、考え直す必要がある。地方創生や福祉医療に湯水のように公的資金を投じているが、少なくとも赤字国債に相当する30兆円程度は、即刻やめて民営化しなければならない。今や世界をつなぐ情報や流通サービスは、インターネットや宅配便など会社が担っている。こうしたサービスを活用すれば、先ほどの教育においても共通部分は行政の力を必要としない。義務教育の範囲を一元化し、地域の独自な教育を解禁するのは難しいことではない。もしも行政の業務縮小が進まないのが、公務員をリストラできないためならば、民間事業者への天下りを促進しても構わないと私は思う。

 

こうして地域社会に求められる事業に土地を提供するようになると、地主の国の国民になりたい人が現れるかもしれない。あるいは、周辺の土地所有者が地主になって、似たようなくにづくりに取り組みたいと願うようになるかも知れない。地主の国の事業化や法人化とは、まさにこうした効果を期待して始めたことだ。周辺で地主の事業に取り組む人が、地主の法人に合流し、地主の国土が拡大すれば、地主の国の経営は安定し、永続性が高まるだろう。あるいは、近隣で出来た地主の国同士が連携して、互いの独自性を尊重しつつも、地域内での類似性を生かして協同すれば、さらに充実した地域サービスを提供できるようになる。

 

平成の大合併において、総務省が自治体数を1000に減らすことを目指したのに、まだ1700以上あるのは、地域の独立を維持するための抵抗だと思う。行政の合理化が目的なら、むしろ地域の経営と行政は分離して、究極の理想である行政の一元化を目指すべき。昨今話題のAIを活用すれば、やがて行政サービスは機械化されるかもしれないし、すでにヨーロッパのエストニアでは、ブロックチェーンを活用してすべての行政サービスの99%が電子化され、24時間年中無休で利用できるという。役所が減っても地域が減らないようになれば、役所の合理化は進むだろう。

 

そこでいよいよ未来に向けて、地域社会の改造に挑む取り組みが始まっている。行政に対する不満を募らせるのでなく、自ら「民営の行政」を担うビジネスに挑む事例を紹介したい。一つ目は、地主の連携による故郷づくり(砧むらプロジェクト)。笑恵館をきっかけに近隣の土地所有者が地主に目覚め、自宅の開放から着手する取り組みだ。二つ目は、地主と行政の連携を促進し、遊休地を活用した地主募集と育成(御宿グッドネイバーズ)に取り組むプロジェクト。そして3つ目は、地主を中心とした地域独立(NPO法人かしもむら)の取り組みだ。地域の有力企業が中心となって、平成の大合併で消滅した故郷の再生に挑んでいる。これらはまさに、地主業が新たな公共の領域を開くソーシャルビジネスであることを示している。地主の起業は、まさに国内での国づくりごっこだ。