空き家共和国

地主≠大家

地主と大家は違う。当たり前のことだけど、最近僕はこのことに気づいて愕然とした。確かに大家さんの大多数が地主でもある。僕の取り組んでいる「地主支援」には、大家さんに役立つことも含まれるので、「大家支援も仕事のうち」と思い込んでいた。だが、僕の提案の核心は、土地を売らずに永続的に利用すること。土地を売ったら地主で無くなるのだから地主が土地を売らないのは当たり前だが、大家さんの中には所有者からの依頼を受けてやってる人もいて、「土地を売らずに使い続けましょう」などという僕の提案はミスマッチで余計なお世話だ。そんなこともわからずに「僕を必要とする大家さんと出会うにはどうすればいいのだろう」と悩みあぐねていた僕に、ついに気づきの時がやって来た。

 

「大家」とは賃貸不動産の貸主のこと。不動産に投資をすることで、賃貸収益という見返りを得る不動産ビジネスの主人公であり、建設・不動産業者の他、金融機関や弁護士などの重要な顧客でもある。大家さんを対象とした勉強会やセミナーが盛んに開催され、低金利の影響もあって不動産投資に魅せられた人たちが新たに大家の仲間入りを果たしている。一方「地主」とは、「先代から引き継いだ土地を守り次の世代に引き継ごうとする人」を指す。もちろん自分で土地を使用したり、土地を使って事業を行うほか、大家として賃貸事業を営む人もいるが、それらは決して地主たる要件ではない。したがって、「大家であると同時に地主」とは、「大家を営む地主」というべきなのだと僕は気付いた。

 

不動産ビジネスのみならず、社会生活において土地利用に関する全ての決定権は所有者である地主が持っている。地主が許せば何でもできるが、地主が許さなければ何もできない。たとえ役所だろうが警察だろうが、他人の土地に勝手に入ることは許されない。所有権はこれほど万能な上に、永久に減ることのない無限の力だ。そのため、かつて世界は地主たちによって支配されていたと言っていいだろう。ところが現在の日本には、地主に関する法律もなければ、学問もない。その結果、地主を管轄する官庁も、地主を育成する教育機関も存在しない。それは、この力を使わせず、封印するためなのか・・・などと言っても誰も信用してくれない。確かにこんなことはどこにも書いていないし、誰も言ってない。

 

だが、この疑問も「地主≠大家」が解いてくれた。現代社会において、今や地主の存在は大家になりつつある。かつての領主や貴族的な地主は姿を消し、市民の目に見えているのは大家さんだ。だから地主基本法とか、地主学が無くても、誰も疑問に感じない。大家の困り事には様々な業種の人が相談に乗るが、地主の困りごとなど誰も聞こうとしない。そこで僕は、地主の皆さんをお誘いして、この万能の力「所有権」の使い方を学ぶ学校を作ろうと思いついた。もちろん有名な「大家の学校」と違い、「地主の学校」でググっても何も出てこないのは確認済みだ。でもだからこそやり甲斐がある。明治維新で失われた封建時代の地主の力を、民主主義の現代にどう蘇らせようか。もちろん今の日本にヒントは無い。僕たちは世界を参照しながら、新しい仕組みを組み立てる必要がある。

 

「地主の学校」は、笑恵館の仕組みを説明することからスタートしたい。公益法人や認定NPOなどのお墨付きに甘んじるのをやめ、徹底的な非営利経営と情報開示によるコンプライアンス体制を構築し、相続税を吹き飛ばしながら永続経営を実現する。祖先から引き継いだ土地資源をそのまま次世代に継承する仕組みを作ることで、自立した家からまちを作り、やがて国を生み出したいと本気で思う。地主と大家を分けることで初めて、僕は「地主」と向き合う覚悟を決めることができた。もう迷わない。60歳にしてついに自分のやりたいことを語れるようになってきたことを、今日は胸を張って報告したい。

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