「住み開き」の考察

先日、住宅専門誌「ハウジング・トリビューン」の取材を受け、2回にわたって「住み開き」に関する考察を執筆した。確かに建築不動産ビジネス的に言えば、「住み開き」自体は収益性の低い「社会貢献的慈善事業」の意味合いが強い。しかし、住宅の供給過剰が極限に達し、住宅の除去や減築が進まない限り深刻な空き家の増加が見込まれる現代において、先進国中でも特に建設・不動産業の比重の高い日本経済が住宅ストックの新たな活用法を見出すことは、業界の死活問題を超えた重要課題だ。実際に「住み開き」に取り組む中で、それ自体よりもそこから創出される新たなサービスへの期待が高まりつつある現状を、レポートしたい。

「住み開き」とは、「空き家対策」にとって代わる、僕にとって期待の言葉だ。日本土地資源協会のwebサイトには「空き家を生まない社会を目指して」と表記しているが、実際我々は「空き家」を取り扱う気はあまりない。笑恵館から始まった一連の取り組みにおいて、一貫しているのは「所有者本人」と関わり、所有者が住まいを活用して自分の思いを実現することを支援している。だから、笑恵館では「近所の人が気軽に立ち寄る家にしたい」

という願いを叶えるために、大きなウッドデッキを作り、庭からアプローチして土足で上がれるようにしつらえるだけでなく、小さなパン屋さんを誘致した。近所の人を招きたいというオーナーと、顧客を集めたいというパン屋の協力関係が実現したのは、「住まいをビジネスに開く」という新しいカタチだ。住まいとしてしか使われてこなかった住宅が、店舗に限らず多用途にも門戸を開くようになれば、開業時の負担の小さな起業・創業の機会を提供できる。

「住み開き」とは、住まいを誰にでも開放するのではなく、自由に出入りする顔見知りを増やしていく取り組みだ。どういう基準で新たな仲間を募り、受け入れていくかは、所有者の考え方次第。当初笑恵館では「多世代型シェアハウス」に関心のある人たちに呼びかけ、その実現を目指しながら賛同者を増やしていった。でもやがて、限定的なテーマに縛られず多様な人たちが集まること自体が楽しくなる。笑恵館では、その喜びを分かち合い、家族の一員として施設を自由に使える人たちを会員にして、「笑恵館クラブ」を設立した。やがて近所にお住いのメンバーOさんが、自分の住まいを開きたいと相談を持ち掛けてきた。暖簾分けした訳ではないが、笑恵館から一つの株が独立し、新たなスタイルの「住み開き=おおがいさんち」が始まった。そして今度はおおがいさんちに触発され、Sさんが名乗りを上げた。8月6日(土)には、そのお披露目納涼会を開催する。興味のある方は、ぜひお越しいただきたい。http://land-resource.org/sakuma

「住み開き」とは、住まいを開くという行為を通じて、所有者が心を開く取り組みだ。おおがいさんちの常連Tさんは、数年前にご主人を亡くされたのをきっかけにすっかり体調を崩してしまい、自宅を離れ、小さなアパートで暮らしていた。近所で暮らす娘のNさんが母上を気遣って、自宅の活用を模索する中、先日僕のところに相談にやってきた。「自宅を開くのは、母上の心を開き、お元気になっていただくため」との思いで僕とNさんは意気投合し、昨晩ついに、母娘そろってお目にかかった。「是非とも母上の思いを込めた施設名を考えてきてください」と言う僕の出した宿題に対し、照れくさそうに「ふくふくの家」と答えてくれたTさんは、お茶目な娘のような顔をして笑っていた。これから僕を含む3人で「ふくふくクラブ」を立ち上げて、ゆっくりメンバーを増やしていき、Tさんの思いを「ふくふくの家」という形にして、次世代に引き継いで行けたらいい。

最後に余談だが、最近おおがいさんちでは、独立して別居している三男との同居の計画が進んでいるそうだ。これまで居心地の良い2階を占領していた親夫婦が、自分たちに2階を譲り年寄りは一階で暮らせばいい・・・と主張していた三男と、急に折り合いがついたというのだ。どうやら、住み開きをした1階のサロンが活気づき、1階で楽しむ時間が増えたため、Oさん夫婦の2階へのこだわりが無くなり、三男もそんな様子を見て、同居の不安が薄れてきたようだ。「住み開き」によって地域での役割を担うようになることが、親子所帯の同居を促進するとしたら、これほど喜ばしいことはない。

我々が忌み嫌う「空き家問題」とは、捨てられる家のことではなく、そこで暮らす生活者が断絶し、地域社会が空洞化することだ。次世代が地域の暮らしを引き継いでくれるのなら、たとえ空き家が増えても、それらをうまく使えばいいだけのこと。地域内生活者の孤立や孤独を解消し、そこに賛同して参加してくれる人たちが、その地域の承継者になってくれることこそが、「住み開き」の目的だ。あえて言う、手あたり次第「住み開き」を促進し、そこから派生する様々な事件から、新たなコミュニティとビジネスを生み出していきたい。