持ち家と賃貸

土地所有について考察する中で、面白いデータを見つけた。我が国の持ち家世帯率は約6割で、高齢者になるほど高いのだが、このグラフは1978年から5年毎の変化を世代別に示したものだ。

ここで興味深いのは、

①60代後半以上は増加しているのに、

②40代前半から60代前半までは減少が続いていること、そして、

③20代後半から30代後半では減少の勢いが止まっており、

④25歳未満に至っては増加に転じている

ということだ。持ち家以外の世帯は大部分が賃貸住宅に住んでいるので、持ち家率の減少は賃貸率の増加とみてよい。だとすれば、②40代前半から60代前半までの「働き盛り世代」の世帯だけの賃貸率が、増加しているということになる。低金利の現在では、同程度の住まいなら家賃よりも住宅ローンの返済の方が安くなる。30代以下の持ち家率が増えている、つまり購入が増えているのはそのせいだと思われる。だが、それでもなお「働き盛り世代」の賃貸比率が増え続けるのはどうしてなのか。

賃貸住宅のメリットは、住宅に拘束されないことだ。ひとたび持ち家で暮らし始めると、引っ越しのたびに売却するわけにもいかず、移動の多い世帯には負担となる。したがって、持ち家は移動の少ない世帯、賃貸は移動の多い世帯に向いていると言ってもよい。移動の主な理由を「転勤」と考えると、勤務先が「広域ビジネス」か、「地域ビジネス」の違いに起因するだろう。この関係を整理してみると、次のようになる。

【持ち家:地域ビジネス】

  • 事業規模は小型で価格競争力は弱いが、移動が少なく少量多品種のサービスが可能。
  • 継続優先、定着型のビジネスなので、職住接近が可能で大家族向き。

【賃 貸:広域ビジネス】

  • 事業規模は大型で移動が多いが、大量少品種のサービスで高収益を確保。
  • 収益優先、移動型のビジネスなので、職住分離で少人数家族になりがち。

この分析は若干乱暴な議論かも知れないが、決して的外れだとは思えない。高齢者の持ち家比率増加が頭打ちになったのは、退職金の支給に連動するものだと考えられるし、若者たちの賃貸率が上がらないのは、大企業離れや就労の非正規化に加え、公務員など地域業種を志向する影響かも知れない。そして、相変わらず大企業志向で仕事漬けになっていて、地域社会を顧みないのが働き盛りの世代という構図だ。ここ数年、都会を離れ住宅街の中でご近所と顔を合わせながら仕事をしている僕から見ると、これは実感とよく符合する。さらには「親世代」が地域に根差していないため、若者世帯が孤立を深めているようにも思える。ライフスタイルが世代間ギャップを生むほどに異なるトレンドを持つせいで、社会のひずみが生まれている。もっと多様で大らかな流れになれば、社会は一過性の無駄なコストを負担せずに済むはずだ。

そこで、地域ビジネスの比率を上げることでこの歪みを解消できるのではないかと僕は思う。グローバルな大規模ビジネスは、少人数で大量のサービスを実現するのだから、むしろ大多数の人たちは、ローカルな小ビジネスに従事せざるを得ないはずだ。価格は割高になるだろうが、その地域に行かなければ得られない独自のサービスになるはずだ。いま日本に押し寄せる外国人たちは、そんなサービスを求めてやってくる。観光とは本来、地域の風俗や文化に触れるためにわざわざ旅をすることだ。だから、地域の風土や風習と長く寄り添ってきた長寿ビジネスにこそかけがえのない価値がある。ローマもパリ、そして京都の価値は「古いこと」に他ならない。ビジネスに継続を求めることは、僕ら自身が地域を担う老舗を目指すことだと言えないだろうか。

今日本には、放置された土着の風土と、作りすぎて余っている賃貸不動産在庫と、後継者育成を諦め廃業の日を待つ老舗の暖簾があふれている。だが、収益を生まない余剰資産に価値はないはずなのに、多くの所有者が手放さずにいるのは、できればこれを活かしてくれる誰かに託したいと願うからではないだろうか。儲からない資産に価値は無いが、使われない資源が価値を生むはずがない。資源のない国だなんてとんでもない、日本は世界でも類のないインフラと自然と文化を併せ持つ「土地資源大国」だと僕は思う。ただ今は、大いびきをかいて熟睡している。ぬるま湯に漬かりながら寝てるので、すべって沈めば溺死だってしかねない。そうなる前に、僕はこいつを叩き起こしたい。寝ぼけた日本が覚醒し、資源大国となる未来を描きたい。