故郷と空き家

故郷を辞書で引くと、「その人に、古くからゆかりの深い所。生まれ(育っ)た土地や以前に住み、またはなじんでいた場所。」とあるが、僕は疑問を感じる。こうした場所を故郷と思う人がいるかもしれないが、これに当てはまらない人もたくさんいる。つまり、これは故郷の説明であって、定義ではない。 “故郷と空き家” の続きを読む

地域と故郷

一昨年の年末、建築家のIさんと上海を訪ねたのだが、その時はまだ買物は現金やカードで普通に出来た。ところが昨年の夏には、QRコード決済サービスが爆発的に普及し、すっかりキャッシュレスの環境が整ってしまった。中国のインターネットがGoogleやFacebookなどを排除したり、上海最大の本屋に中国語の本しか置いていないのを見て、完全に「中国語ワールド」的鎖国状態を作り上げている一方で、変化のスピードも猛烈だ。 “地域と故郷” の続きを読む

原発と空き家

原発と空き家がよく似ていることに気が付いた。共通点は、終わり方が判らないこと。原発の終わり方とは、放射性廃棄物の処理や原子炉の解体技術のこと。老朽化で運転を終える原子力発電所の廃炉処置の困難さに加えて、二酸化炭素排出削減策として、既存の原子力発電所の延命方針が打ち出されたが、わずか1ヵ月後の2011年3月11日に東日本大震災による福島第一原子力発電所事故が発生し、放射能汚染を東北・ “原発と空き家” の続きを読む

「独立」の意味

土地の所有権は、誰もが生まれつき持っている権利ではなく、国から与えられる権利だ。現代の日本では、約4千万人の人が土地を所有し、固定資産税を払っていると言うが(国税庁)こんなに多くの国民が土地所有権を持っている国は世界でも珍しいようだ。そもそも、国境線に接する土地を隣国の人に買われると、 “「独立」の意味” の続きを読む

世界の地主(第2章)

地主の学校開設に向けて、土地の所有権に関する勉強をしている。第3章で「地主の役割」を論じるために、第2章の「世界の地主」では様々な事例を参照しようと考えているのだが、これを調べるうちにとんでもない現実が見えてきた。それは、個人の土地所有権を認めている国がそもそも少ししかない上に、 “世界の地主(第2章)” の続きを読む

地主のちから(第1章)

地主の学校の開校に向け、早速準備に取り掛かった。まずは、毎週土曜を作業日と決め、企画作業を進めていく。プロジェクトを立ち上げる時、僕は必ず作業日を決め、ゴールを決めて突っ走る。そしていつものことながら、せっかく作業日を決めたら、その日は何が何でもイベントにする。だから、今後しばらくの間、 “地主のちから(第1章)” の続きを読む

地主≠大家

地主と大家は違う。当たり前のことだけど、最近僕はこのことに気づいて愕然とした。確かに大家さんの大多数が地主でもある。僕の取り組んでいる「地主支援」には、大家さんに役立つことも含まれるので、「大家支援も仕事のうち」と思い込んでいた。だが、僕の提案の核心は、土地を売らずに永続的に利用すること。土地を売ったら地主で無くなるのだから地主が土地を売らないのは当たり前だが、 “地主≠大家” の続きを読む

であることと、らしいこと

オーナーシップとは「所有者らしさ」のこと。実際の所有者であるかどうかでなく、所有者として必要なことを備え持っているかどうかということだ。所有権とは、自分のモノを自由に使い、自由に稼ぎ、自由に処分できる権利というが、その権利を行使することがオーナーシップには不可欠だ。したがって、 “であることと、らしいこと” の続きを読む

僕ら自身が王になる

僕が前回シンガポールを訪れたのは、2004年のことだった。ひょんなご縁で資産家の友人から「シンガポールのプライベートバンカーに会ってみないか」と誘われて、僕は迷うことなく飛びついた。プライベートバンクと言えば、ゴルゴ13ご用達のスイス銀行を思い浮かべるが、日本でその実態に触れることはまずありえない。 “僕ら自身が王になる” の続きを読む