脱地主革命とは、明治維新における地租改革や町村大合併など地主の社会的役割を行政に移行し、その後の土地売買の促進などにより、土地を所有する市民から「地主の自覚」を消去したプロセスのことを指す僕の造語だ。江戸時代までの封建社会において、実質的に地域社会と経済の運営を担ってきた地主の抹殺を、「 “最高の最低” の続きを読む
賃貸と共有
所有について考える日々の中で、一つの疑問に出会い、歩みが止まっている。今日はこのブログを書くことで、この迷路から脱出したい。所有とは「AがBを所持する」とか、「AがBを制御する」など、AとBの非対称な関係を指す言葉だ。空間的には「AがBを含んでいる」ときにAがBを所有しているイメージだ。これを日本語では「AのB」と表現する。たとえば、「日本の東京」と言えば「日本国の中の東京都」であり、 “賃貸と共有” の続きを読む
ベーシックライフ
歴史はあたかも、地主を滅ぼそうとしていたように思えたのだが、それは違っていたようだ。土地利用の推進は政府が担っているように思われているが、それはインフラや資源となる公有地だけであり、暮らしや経済を担う民有地からは固定資産税や相続税を取るだけだ。補助金だらけの福祉やサポートが充実するばかりで、 “ベーシックライフ” の続きを読む
後出しの夢
地主の学校の執筆作業が、ようやくはかどり出し、何とか30%程度にこぎつけた。遅くとも8月中には完成し、9月には延び延びになっているSHO-KEI-KAN展Ⅴで、展示リリースしたいと思っている。執筆のスタートに当たり、一番苦労したのが、この本のまえがきだ。地主の学校という仮タイトルにしても判り難いのに、その内容はもっとわかりにくい。まあ、判り難いからこそ、書籍化を決めじっくり説明しようと思うのだが、 “後出しの夢” の続きを読む