先日のブログで「家族制度から社団法人への移行」を提案したところ、「社団法人って何ですか?」という質問をいくつかいただいた。

我ながら、唐突な説明だったと猛反省、今日は社団法人についてもう少し詳しく説明したい。

ここで言う社団法人とは「一般社団法人」のことで、2006年の公益法人制度改革により、「従来の社団法人」に代わって、公益社団法人とともに設けられた法人だ。

設立許可を必要とした「従来の社団法人」とは違い公益の有無は問われず、一定の手続きと登記さえ経れば主務官庁の許可を得るのではなく、規則に準じて誰でも設立することができる。

また設立後も行政からの監督・指導はないし、株式会社などと同じく収益事業や共益事業なども行うことができる。

と、ここまではちょっと調べればわかることだが、やはり「一般社団法人」とは、どこか怪しく胡散臭い。

だが僕は、人間が生き延びるため、一般社団法人こそが「滅びゆく家族に代わる仕組み」になるのではないかと考え始めた。

そこで、次の6つについてざっくばらんに解説したい。

1.社団と財団・・・・・・・人と財産

2.株式会社と社団法人・・・収益と夢

3.権利能力なき社団・・・・法人と非法人

4.持分の定めの無い法人・・営利と非営利

5.公益と非営利・・・・・・利益の前に存続を

仕事と財産と地域をいつまでも守るため、家族に代わる仕組みには何が必要なのか。

1.社団と財団・・・・・・・人と財産

「社団法人は人の集まりで、財団法人は財産の集まり」という説明をよく聞くが、これではいまひとつピンと来ない。

そこで、それらが法人=人と同じ権利を持つとどうなるかを考えてみよう。

まず、目的を持つ人の集まりが法人になると、みんなで目的を引き継ぐ「不死身の人間」になる。

したがって、社団法人の代表者は全メンバーをまとめるリーダーに過ぎず、メンバーの力は対等だ。

社団が所有する財産はみんなで共有しながらいつまでも引き継いでいくことができる。

一方、目的を持つ財産の集まりが法人になると、自分自身を運用し続ける「人間のような財産」になる。

したがって、財団法人の代表者は、財産の管理責任者であり、評議員たちの監視の下で業務にあたる。

財団が所有する財産はその目的を実現するために無くなるまで運用され続けることになる。

結局、「人に夢を託すのが社団」で、「財産に夢を託すのが財団」だと言えるだろう。

2.株式会社と社団法人・・・収益と夢

社団法人は「人が集まった法人の総称」なので、その仕組みは株式会社、NPO法人、協同組合など様々だ。

そこでここでは、最も身近で数の多い「株式会社」と比較してみたいと思う。

株式会社とは、資本金(元手)を株に見なし、その出資者を出資比率に応じて「株主」と呼ぶ方式の法人。

会社の所有するすべての財産は、株主が所有することになり、そこには社員や経営者も含まれる。

したがって、会社の生み出す剰余金(利益)は会社の財産の増加とみなし、全て株主のものになる。

その結果、せっかく会社が財産を所有して不死身の法人になっても、株式が個人の財産である限りその継承は家族に委ねられ、上場すればすべてが商品として売買される。

会社に託した夢や願いを株主が継承できるはずもなく、収益を生まなくなれば継続の価値はない。

3.権利能力なき社団・・・・法人と非法人

法人格(権利能力)を持たない社団も、一定の要件を満たせば法人と同様に取り扱われることもある。

たとえば、

・団体としての組織を備え、

・多数決の原則が行われ、

・構成員の変更にかかわらず団体そのものが存続し、

・その組織において代表の方法、総会の運営、財産管理その他団体しての主要な点が確定している

場合には、民事訴訟法上当事者能力が認められる(民事訴訟法29条)。

この社団は「任意団体」とも呼ばれ、町会、商店会、父兄会やスポーツクラブなど、地域社会の大部分の団体を指す。

ある意味で現状の家族とは、血縁者の範囲が権利能力を認められた組織なら、内縁や扶養関係でつながる他人の家族は任意団体に近いかもしれない。

だとすれば、他人の家族を含む法人格こそが、新たな家族の仕組みとなる有力な候補と言えるだろう。

4.持分の定めの無い法人・・営利と非営利

一般社団法人のことを、税法上「持分の定めの無い法人」と呼ばれることは知っていたが、その取扱いを昨年まで僕は知らなかった。

「持分の定めの無い」とは「株主がいない」こと、つまり所有者が存在せずすべての構成員が共有していることを指す。

したがって、法人の所有する財産には相続が発生しないのかと思ったら、なんとその逆というから驚いた。

つまり、法人の代表者に対し、所有者代表として相続税が発生するという。

この課税を防ぐには、同族理事の排除や役員報酬の禁止などを含む「徹底非営利型」の仕組みが要求される。

つまり非営利とは、「不労所得の排除」を意味している。

この仕組みから僕は、憲法第27条の「勤労の権利と義務」を思い出す。

家族の基本は、「楽に暮らすこと」では無く、「働いて助け合うこと」ではなかったか。

5.公益と非営利・・・・・・利益の前に存続を

結局、家族に代わる永続の仕組みとして、僕は「非営利型を徹底した一般社団法人」にたどり着いた。

だが、最後に残る問題は、個人の財産をこの法人に譲渡する方法だ。

非営利型の法人が財産の譲渡を受けても「寄付」として非課税となるが、譲渡する個人の側には不動産の場合「譲渡所得」という計算上の利益に対する税金が発生してしまう。

僕が、4年前に公益法人を目指したり、2年前に認定NPO法人を目指したのは、寄付金の免税や控除を受けるためだった。

だが、家族はあくまで個人であり、財産寄付の免税や控除は関係ない。

その上、先ほどの土地譲渡所得に対する課税を免除する手続きが、公益法人や認定NPO法人と同じでは、公益法人になる意味はない。

個別家族の存続無くして、地域社会の社会などあり得ない。

地域社会の存続無くして、公益=社会の利益など無意味なことを、忘れてはならないと僕は思う。

天皇家の継承問題を、家族制度の終焉を知らせる警鐘と思った時、自分の行先が見えた気がする。

「地主の学校」という本を書いてみたものの、出版できずに時が過ぎたのは、このためだったのかもしれない。

今日の長文は、僕の新しい目次なのかもしれない。

この期に及んでまた新しい扉が開くなんて、人生は面白すぎる。