みんなで地主

地主は明治維新で廃止され、言葉だけが名残として残っている。

「土地所有」という言葉が、明治維新の前後では全く違う意味なので、「地主≠土地所有者」を説明するのは一苦労だ。

日本では、7世紀ごろには豪族たちが地方を支配するようになり、新たに開墾した者に土地所有権が認められる荘園制度が広がった。

だが、この「認められる」という言葉が権利を示すことを忘れてはならない。

所詮権利とは、支配者が被支配者に与えるもので、昔の所有権とは、「年貢のノルマ」のようなもの。

「所有権」を与える領主は「領有権」に基づいて支配しているが、これは力づくで奪い取り、周囲の承認で成り立つ力だ。

年貢を効率よく収奪するには、検地によって領地の収穫量を測る必要があるが、年貢の取り立てを行う地元の豪族などの抵抗にあい、検地は進まなかった。

戦国時代になると、国の領主が目まぐるしく入れ替わり、年貢の徴収も混乱したが、やがて北条早雲のような新興勢力が、それまでの既得権益を打ち壊し、検地を実施するようになった。

そして、急速に領地を拡大した織田信長が検地を促進したことで、これを引き継いだ豊臣秀吉は全国の検地(太閤検地)に乗り出した。

検地とは、農地の面積を計測し、それに見合った年貢を課すことだが、農民出身の秀吉はそれまで土地所有者に課していた年貢を耕作者に課すこととして一元化した。

この時すべての農民が実質的な所有者となったのは、民主化というよりは「民従化」と言えるかもしれない。

しかし、耕作者による土地所有制は安泰とは言えなかった。

耕作者の能力には格差があり、収量の格差が貧富を生んだ。

やがて、年貢を納めるために耕作者間で年貢米の貸し借りが行われるようになり、その担保には土地があてられた。

集落ごとに、収量の多い実力者が年貢の取りまとめ役に選ばれるのだが、これが「地主」となった。

借りを返すことができない耕作者は、担保の土地を地主に提供し、自分は小作人として耕作を続ける。

かつての集落は、水などの資源を共同で調達する「自給自足経済の単位」だったので、地主は経済的に自立する地域社会の経営者となっていった。

やがてペリーの黒船が現れて、外国からの侵略に対抗する帝国づくりが必要となった。

そのために、明治維新ではそれまでのコメ経済を貨幣経済に変えるため、「年貢=現物納税」を廃止して「地租=貨幣納税」に切り替えて、地主制を廃止して地方自治体(町村)を整備した。

日本社会は物々交換経済から貨幣経済に急速な変化して、それまで価値を生み出す資源だった土地は、一気にそれ自体が換金できる資産になった。

その後、敗戦とともに帝国主義を捨て、日本は民主化の道を歩むことになった。

だが、肝心の国土復興は不動産ビジネスと土地投機に依存して、国民の顧客化(民客化)が進むばかり。

昔の日本は地球の一部=日本列島でできていたが、今の日本は時価総額1,400兆円の不動産と言われている。

しかし、国土の6割以上が山林の日本では、その価値の大部分は平地に集中し、さらに都市圏への集中が進んだため、ごく一部の平野にその価値は集中する。

山林や耕作地だけでなく、地方都市までもが経済価値を失い放置や放棄が進んでいる。

最近では都市部でも駅周辺の価値が上がり、郊外の空洞化が進んでいる。

所詮経済価値とは、その高低差が生み出すもので、格差の拡大は止められない。

貧乏人がいてこその金持ちであって、誰もが金持ちになれるはずがない。

だから、たとえ全国を東京にしても、何の解決にもならない。

ならば、全ての土地を経済価値で測るのでなく、もっと多様な価値観で土地利用をすべきではないだろうか。

みんなで地主とは、新しい土地利用の提案だ。

誰か一人が所有するのでなく、仲間がみんなで地主になる「民主化」だ。

地主の主は、主従の従でなく、主客の客でもない、当事者本人のこと。

主体的にその土地の魅力を高め、幸福を求め、収益も追及する人こそが地主だとおもう。

そして、「その人たちによる土地経営の仕組み」を民主国家と呼んでもいいのではないか。

それは日本から独立したいのでなく、日本が好きだからこそ主体的に小さな日本を作る取り組みだ。

そんな国づくりが、地域独自で自由に行われ、それが日本中に広がれば、この国は素敵な国になれると思う。

明治の初頭、全国に自活する集落が7万あったことを思い起こせば、合併を繰り返す役所は電子化・合理化をもっと進め、地方自治は「地主の仲間」で担えばいいと僕は思う。

 

みんなで地主のWEBサイト(日本土地資源協会)

土地資源の定義

土地資源とは、土地資産の対義語として僕が勝手に作った言葉。

土地が土地として使われず、お金のように扱われていることに対する憤りがこの言葉を生み出した。

そのきっかけは、土地を相続せずにそのまま承継できないかという「笑恵館」の願いを叶えるためだった。

そのためには、土地を個人が所有せず、法人が所有すればいいという答えはすぐに見つかった。

そこで僕は、迷わずこの土地資源を法人名にした。

だが、今僕はこの名前に苦しんでいる。

笑恵館を事業化し、そのスキームを普及することを土地資源という言葉で説明するのは難しい。

僕がここまでたどり着けたのは、土地資源という言葉のおかげだが、僕が社会に伝えたいのは「これまでのプロセス」でなく、「これからやるべきこと」だから。

そこでまず、僕は違う名前を考えてみた。

法人設立から7年、笑恵館開業から5年もかかってしまったが、今年はついに二つ目の事例「一宮庵(いっくあん)」と出会うことができた。

来年からは、複数のプロジェクトを運営しながら、いよいよ事業展開を開始する。

だからこそ、わかりやすい説明にふさわしい「名前」が望ましいと考えた。

そもそも社団法人とは、一定の目的で構成員(社員)が結合した団体(社団)のうち、法律により法人格が認められ権利義務の主体となるもの。

だからこそ、その目的が明確でなければならないのだが、「土地資源協会」という名称は人でなく土地を示しているように見える。

むしろ、「土地所有協会」とか、「永続地主協会」など、仕組みや役割を示す言葉の方が良いのかもしれない。

ところが、いざそういう名前に変えようとすると、僕の心が言うことを聞かない。

いくら仕組みや役割などが具体イメージできたとしても、肝心な目的を共有できるのだろうかと。

振り返ってみると、土地を保有する法人なのだから、「財団法人」がふさわしいと多くの人に言われた。

だが、土地をお金と思わずに、資源として使い倒すことを目指すのだから、断固「社団法人」にこだわった。

これも「土地資源」という言葉が僕の背中を押してくれたおかげだろう。

「土地資源」という概念なしに、この事業を説明することの方が、致命的な間違いかもしれない。

難しいからこそ、きちんと土地資源を定義しなければならない。

そこで僕は、直感的にひらめいた資源という言葉を、そこから生まれた手法と照合することにした。

まず、資源はお金ではない、お金は資源を手に入れるための引換券に過ぎないこと。

土地を売ってお金にしたいのは、土地は要らないということで、土地資産とは要らない土地のことになる。

実際に土地は地球の一部分であり、売買の対象はその所有権にすぎない。

さらに言えば、その所有権も買わずに継承すればいい。

そもそも資源はすべてタダで、それを引き継いでいるに過ぎない。

その資源を利用して人間同士が事業や商売をしているだけのことで、地球は決して場所代など請求しない。

「土地が生み出す収益は、土地のために使うべき」という「非営利不動産」はここから生まれた概念だ。

土地は所有者が儲けるための資産でなく、使用者が儲けるための資源のはず。

所有者が使用者から使用収益を得ているのは、あくまで所有権に含まれる収益権によるもので、決して地球に成り代わって使用料を取っているわけではない。

そもそも土地を購入することが、土地を売ったり貸したりして収益を得ようと駆り立てる。

土地の需要が供給を上回り、土地収益が土地価格を引き上げたから、土地が値上がりし続ける神話を生み出したに過ぎない。

この点だけは昔に戻り、土地を無償で引き継ぐことで、この悪循環を断ち切りたいと僕は考えた。

土地は地球という資源であり、その所有権の売買が使用を妨げるべきではない。

土地の利用を促進し、管理するのが所有者本来の役割なのに、その役割を行政に委ね個人所有者が土地を財産と思い込んでいる。

だが、日本政府は固定資産税という賃料を徴収するため、土地を所有する気はない。

個人所有者が売買に明け暮れて、その利用促進と管理を怠るどころか、閉鎖して放置しているのが空き家問題の本質だ。

つまり、土地資源とは、利用するための土地のこと。

土地資源協会とは、自ら土地資源を所有することで、その自由は使用を永続的に守る仕組みを作り、実践し普及する法人だ。

あああああ・・・すっきりしたので、このままブログに投稿しよう。

新しい目次

先日のブログで「家族制度から社団法人への移行」を提案したところ、「社団法人って何ですか?」という質問をいくつかいただいた。

我ながら、唐突な説明だったと猛反省、今日は社団法人についてもう少し詳しく説明したい。

ここで言う社団法人とは「一般社団法人」のことで、2006年の公益法人制度改革により、「従来の社団法人」に代わって、公益社団法人とともに設けられた法人だ。

設立許可を必要とした「従来の社団法人」とは違い公益の有無は問われず、一定の手続きと登記さえ経れば主務官庁の許可を得るのではなく、規則に準じて誰でも設立することができる。

また設立後も行政からの監督・指導はないし、株式会社などと同じく収益事業や共益事業なども行うことができる。

と、ここまではちょっと調べればわかることだが、やはり「一般社団法人」とは、どこか怪しく胡散臭い。

だが僕は、人間が生き延びるため、一般社団法人こそが「滅びゆく家族に代わる仕組み」になるのではないかと考え始めた。

そこで、次の6つについてざっくばらんに解説したい。

1.社団と財団・・・・・・・人と財産

2.株式会社と社団法人・・・収益と夢

3.権利能力なき社団・・・・法人と非法人

4.持分の定めの無い法人・・営利と非営利

5.公益と非営利・・・・・・利益の前に存続を

仕事と財産と地域をいつまでも守るため、家族に代わる仕組みには何が必要なのか。

1.社団と財団・・・・・・・人と財産

「社団法人は人の集まりで、財団法人は財産の集まり」という説明をよく聞くが、これではいまひとつピンと来ない。

そこで、それらが法人=人と同じ権利を持つとどうなるかを考えてみよう。

まず、目的を持つ人の集まりが法人になると、みんなで目的を引き継ぐ「不死身の人間」になる。

したがって、社団法人の代表者は全メンバーをまとめるリーダーに過ぎず、メンバーの力は対等だ。

社団が所有する財産はみんなで共有しながらいつまでも引き継いでいくことができる。

一方、目的を持つ財産の集まりが法人になると、自分自身を運用し続ける「人間のような財産」になる。

したがって、財団法人の代表者は、財産の管理責任者であり、評議員たちの監視の下で業務にあたる。

財団が所有する財産はその目的を実現するために無くなるまで運用され続けることになる。

結局、「人に夢を託すのが社団」で、「財産に夢を託すのが財団」だと言えるだろう。

2.株式会社と社団法人・・・収益と夢

社団法人は「人が集まった法人の総称」なので、その仕組みは株式会社、NPO法人、協同組合など様々だ。

そこでここでは、最も身近で数の多い「株式会社」と比較してみたいと思う。

株式会社とは、資本金(元手)を株に見なし、その出資者を出資比率に応じて「株主」と呼ぶ方式の法人。

会社の所有するすべての財産は、株主が所有することになり、そこには社員や経営者も含まれる。

したがって、会社の生み出す剰余金(利益)は会社の財産の増加とみなし、全て株主のものになる。

その結果、せっかく会社が財産を所有して不死身の法人になっても、株式が個人の財産である限りその継承は家族に委ねられ、上場すればすべてが商品として売買される。

会社に託した夢や願いを株主が継承できるはずもなく、収益を生まなくなれば継続の価値はない。

3.権利能力なき社団・・・・法人と非法人

法人格(権利能力)を持たない社団も、一定の要件を満たせば法人と同様に取り扱われることもある。

たとえば、

・団体としての組織を備え、

・多数決の原則が行われ、

・構成員の変更にかかわらず団体そのものが存続し、

・その組織において代表の方法、総会の運営、財産管理その他団体しての主要な点が確定している

場合には、民事訴訟法上当事者能力が認められる(民事訴訟法29条)。

この社団は「任意団体」とも呼ばれ、町会、商店会、父兄会やスポーツクラブなど、地域社会の大部分の団体を指す。

ある意味で現状の家族とは、血縁者の範囲が権利能力を認められた組織なら、内縁や扶養関係でつながる他人の家族は任意団体に近いかもしれない。

だとすれば、他人の家族を含む法人格こそが、新たな家族の仕組みとなる有力な候補と言えるだろう。

4.持分の定めの無い法人・・営利と非営利

一般社団法人のことを、税法上「持分の定めの無い法人」と呼ばれることは知っていたが、その取扱いを昨年まで僕は知らなかった。

「持分の定めの無い」とは「株主がいない」こと、つまり所有者が存在せずすべての構成員が共有していることを指す。

したがって、法人の所有する財産には相続が発生しないのかと思ったら、なんとその逆というから驚いた。

つまり、法人の代表者に対し、所有者代表として相続税が発生するという。

この課税を防ぐには、同族理事の排除や役員報酬の禁止などを含む「徹底非営利型」の仕組みが要求される。

つまり非営利とは、「不労所得の排除」を意味している。

この仕組みから僕は、憲法第27条の「勤労の権利と義務」を思い出す。

家族の基本は、「楽に暮らすこと」では無く、「働いて助け合うこと」ではなかったか。

5.公益と非営利・・・・・・利益の前に存続を

結局、家族に代わる永続の仕組みとして、僕は「非営利型を徹底した一般社団法人」にたどり着いた。

だが、最後に残る問題は、個人の財産をこの法人に譲渡する方法だ。

非営利型の法人が財産の譲渡を受けても「寄付」として非課税となるが、譲渡する個人の側には不動産の場合「譲渡所得」という計算上の利益に対する税金が発生してしまう。

僕が、4年前に公益法人を目指したり、2年前に認定NPO法人を目指したのは、寄付金の免税や控除を受けるためだった。

だが、家族はあくまで個人であり、財産寄付の免税や控除は関係ない。

その上、先ほどの土地譲渡所得に対する課税を免除する手続きが、公益法人や認定NPO法人と同じでは、公益法人になる意味はない。

個別家族の存続無くして、地域社会の社会などあり得ない。

地域社会の存続無くして、公益=社会の利益など無意味なことを、忘れてはならないと僕は思う。

天皇家の継承問題を、家族制度の終焉を知らせる警鐘と思った時、自分の行先が見えた気がする。

「地主の学校」という本を書いてみたものの、出版できずに時が過ぎたのは、このためだったのかもしれない。

今日の長文は、僕の新しい目次なのかもしれない。

この期に及んでまた新しい扉が開くなんて、人生は面白すぎる。

遠く、遠く

このところ、即席ラーメンを生み出す試行錯誤に、僕も毎朝悶々と付き合っていた。

だが今朝の「まんぷく」は、ついにてんぷらから麺を揚げることを思いついた。

久しぶりに気持ちよく番組が終わったので、そのままのんびりテレビを見ていたら、今度は次の番組で流れる歌が僕の頭を掻きまわした。

それは、梶原敬之の「遠く、遠く」という歌で、「遠く遠く離れた街で 元気に暮らせているんだ 大事なのは“変わってくこと” “変わらずにいること”」という部分がのんびりと流れていく。

“変わってくこと” と“変わらずにいること”・・・これはまさに、僕が今一番関心のあることだ。

「変わること」と「変わらないこと」は、互いを必要とすることだ。

そもそも変化とは、同じものが同じで無くなること。

子供が成長したり、性格が変わるというのは、一つのものが時間を経て違うものになることだ。

もしもそこにいた子供が、大人と入れ替わるなら、それを変化とは言わないだろう。

だから、子どものころの面影が無い、まるで別人のような人になったとしたら、それを変化と認識できる保証はなく、むしろ別人と思われてしまうかも知れない。

「実は同じ」だからこそ変化だと言える・・・と、僕はそう思う。

その意味で言うと、「同じ」という概念も似ている。

どんなにそっくり同じコップが二つあったとしても、それらはそっくりなだけで同じではない。

だが、どちらも「コップ」と呼び、区別なく同じ使い方をするという意味では「同じ」と言える。

本当の同じとは、それ自身のことであり、「あなたの友達と私の娘は同じ人」というのが正しい使い方だ。

つまり、同じとは、何かが同じかどうかを指すにすぎず、ほとんどの場合はそれ自身以外の違うものを指している。

僕は今取り組んでいる「土地の継承」についても、似たようなことが言える。

継承とは、そのまますべてを引き継ぐことで、変わるのは持ち主だけにしてその他はすべて変えてはならない。

文化や芸能を継承する場合でも、継承は忠実に行い、自分なりに変化させるのはその後の話だ。

引き継いだ途端に違うことをやるのでは、継承とは言い難い。

僕が相続を否定するのは、あくまで「相続は継承ではない」という意味だ。

法定相続人が複数いれば、財産を分割しなければならないし、たとえ一人がすべてを引き継いでも、高い相続税を払うため土地の一部や全部を売却することになる。

「相続」は、むしろ継承を妨げる断絶を招いていると言える。

考えてみれば、「売却」もまた断絶だ。

本来、継承することを望まれたら、お金を払うどころか貰いたいくらいだと僕は思う。

王位などの地位や、家督などの権利を継承するのに、お金を払うなど聞いたことがない。

いやなことや面倒なことにわざわざお金を払う人などいるはずがない。

つまり、お金を払うのは手切れ金のようなもので、いい所だけ引き継いで、いやなことはすべて捨てることが購入だ。

だが、一見都合のいい所だけ引き継ぐことが、本当に得なんだろうか。

僕はそうは思わない。

僕ならまず、すべてを引き受けて、自分に不要なものは、それを必要とする人にあげたいと思う。

自分で成し遂げ、終わらせることなら引き継ぎの必要は無いだろう。

夢を描いて語りながら、その実現を託すなら、夢を込めたバトンを作り、誰かに引き継ぐ必要がある。

だが、その夢を大切に保存して守り続けるのでなく、夢を叶える努力と夢の修正が必要なはずだ。

「大事なのは“変わってくこと” “変わらずにいること”」とは、「変わってくことは何か」、「変わらずにいることは何か」を考えることだ。

自分の町をどうしたいのか、そのゴールはふらふら変えるべきでは無いけれど、それを妨げる現状はどんどん変えるべき。

つまり、「変わること」と「変わらないこと」は、その両方があって初めて価値を持つのではないだろうか。

「する」と「させる」

ウィキペディアで「土地」を検索すると、次のように書いてある。

・・・・・

土地(とち、英 Land)とは地殻の表層部の内で海や湖沼、河川など恒常的に水に覆われていない地面であり、陸地・大地のことである。

また「土地の事情」、「土地の風俗・風習」などのように特定の地方や地域を示す場合もある。

土地には、一定の範囲の地面にその地中、空中を包合させる場合、河川や湖沼などの陸地に隣接する水域も含む場合もある。

地中の土壌土砂、岩石等は土地の構成部分にあたる。

・・・・・

つまり、土地とは、単に家を作ったり畑を耕す「場所」のことでなく、「地球」そのものだということだ。

だとすると、土地所有権とは何なのか、一体僕たちが売り買いや貸し借りする土地とは何なのか。

まずはっきりしているのは、売買の対象は「地球」ではないことだ。

そもそも人間が地球を所有しているなんて、誰が言えるだろう。

むしろ人間は、地球のおかげで生きている存在であり、地球に暮らす住人に過ぎない。

さらに言えば、今のところ地球以外には暮らせそうな場所は無いし、必要なものは全て地球から与えられている。

少なくとも「所有」に含まれる「持つ」という意味は、まるで当てはまらない。

土地を財産として所有しているというものの、その実態は減価償却できない謎の財産だ。

現金ですらお札や硬貨を作る原価がかかっているのに、土地(地球)に原価は存在しない。

したがって、土地の実態は「所有権」であり、所有とは「所有権を所有すること」を意味している。

売買や貸借しているのも、その実態は「所有権」なので、人間に対してなら主張できるが、ゴキブリやスズメには主張できない。

それでは「所有権」とは何なのか、ウィキペディアにはこう書いてある。

【所有権(しょゆうけん)とは、物の全面的支配すなわち自由に使用・収益・処分する権利。日本の民法では206条以下に規定がある。】

だが、この解釈は説明不足で、ほとんどの人が誤解している。

つまり、「自由に使用・収益・処分”する”権利」と書いてあるのでてっきりそれは所有者自身のことに思えるが、本当はそうではなく、「自由に使用・収益・処分”させる”権利」というべきだ。

つまり、自由な使用・収益・処分を「許可したり禁止する」ことができるので、「自分ができる」ということは「自分に許可した」に過ぎない。

したがって、いま増え続けている空き家とは、「自分が使わない」だけでなく、「他人の使用を禁じている」ということになる。

実は、日本国憲法が保障しているのは「財産権」であって、「所有権」ではない。

所有権は、財産権の一部分と考えられているので、空き家問題も外国による土地買い占めも、行政が介入できずにいる。

だが、所有権は財産権に含まれるのではなく、所有物に財産的な面もあるに過ぎない。

それはあたかもお金のように、他の財産と交換できることだ。

土地や建物に限らず、あらゆる所有権は、売買可能な財産だ。

だが、すべての土地が売買可能なわけではなく、例えば、北海道をロシアに売ることはできないだろう。

結局財産を売買できるのは、それが無くても困らない、余裕の分だからとも言える。

「土地を資産でなく資源と考える」という発想は、土地を売って儲けるのでなく、土地を使って稼ぐために働こうという提案だ。

土地の値段が上がり続ける神話はとうの昔に崩壊したが、土地が永遠の資源であることは間違いない。

地域社会の魅力や価値は、土地を永く使い続けることであり、ほとんどの不動産はそれに便乗しているに過ぎない。

相続税とは、たとえ土地を売らなくても、「売るための財産」とみなして課される税金なので、いずれ売るかも知れない土地ならば、課税されても仕方ないと僕は思う。

だが、そこにあり続ける土地や施設が地域社会の魅力や名物となるなら、相続人の数に合わせて分解し、さらに課税するなど愚かなことだ。

日本にはかつて多くの国が存在し、すべてが自立経済と独自の文化を持っていた。

明治維新以後の近代化により、土地開発と土地化が進み全体の経済力は飛躍的に成長したが、地域の魅力は過去の遺産に依存して、それを守るばかりだった。

地域の魅力に依存した、単なる商品のような住宅や施設がいくら供給されても、空き家や空店舗が増えるばかりで、ますます地域の魅力は失われていく。

それでも、滅びゆく地域の魅力や変わらぬ伝統を求めて外国人観光客が増え続けるのは、誰の目にも明らかだ。

だから僕は、地域を切り刻み、売り払う資産化から、地域社会を守りたい。

日本の価値は、地域の価値の集合に過ぎないことを、忘れてはならない。

いや、世界の価値だって、世界中の地域の多様性に他ならないと、僕は思う。

無償で生きられる世界

NHKの朝ドラを見ながら納豆を食べるのが僕の朝のスタイルだ。

9月に終わった「半分青い」では、昔校長を務めた世田谷ものづくり学校が起業の舞台となってびっくりした。

そして、今度の「まんぷく」は日清食品の創業者安藤百福さんの話とあって、今後の展開が今から楽しみだ。

安藤百福さんで思い出すのは、電通をやめて世田谷ものづくり学校で起業したT君のこと。

彼がカップヌードルのCM「NOBORDER」シリーズの最後を宇宙船の中で撮るために、宇宙用のカップヌードルの開発を提案したところ、安藤百福さんは「即席ラーメン、容器付きラーメンに続く3つ目の世界初ならやろうじゃないか!」と答えてくれたという。

今朝の「まんぷく」は、終戦から半年ほどが経ち、戦地から家族も戻ったが、好調だった「ハンコや」ビジネスにも競合が現れ始めたので、そろそろ居候をやめて本格的な起業に挑む話。

ひょんなきっかけで「旧陸軍の古倉庫物件」に出会い、いよいよ引っ越しを決めた。

それを家族に告げるとき、主人公の福子が「引っ越し先の泉大津は海辺の町で、畑もたくさんあるから食べるには困らない」と笑って言った。

僕は最後の言葉「食べるには困らない」を聞いて、本当にうらやましいと感じた。

そして同時に、これこそが僕の目指す世界だと直感した。

「食べるには困らない」とは、言い換えると「お金が無くても食べられる」という意味だ。

例えお金を払えなくても、仕事や用事を手伝うことで、食べるものを分けてもらえることだと思う。

考えてみれば、食事にお金がかかるのは食料を産まない都会の話であって、食物を生み出す田舎ではそれを手伝うことで食事を分けてもらえるわけだ。

そもそもすべての生き物は、タダで生活しているわけで、人間だけがより豊かに暮らすためにお金を生み出したはず。

だとしたら、なぜ「誰もが食事に困らない世界」を作らないのだろう。

確かに、お金の力で贅沢ができるのは人間の特権かも知れないが、お金が無いと生きていけないのでは動物以下だと僕は思う。

もちろん、生きるのに必要な粗末な食事で構わないから、誰もが食べられる社会を作れないものだろうか。

例えば、一食200円だとすれば、1日600円だから、ちょっとした労働の対価と考えれば成り立ちそうだ。

たとえば、一人暮らし世帯への配食サービスをすれば、報酬として食事ができるとか、食事サービスとの組み合わせが合理的かも知れない。

雇用を生み出すというよりは、より大勢の人に無償の食事を提供し、起業や修行へのチャレンジを促したらどうだろう。

これは、住宅にも言えることだ。

最低限の住まいと住所を無償で提供できる社会はできないものか。

もちろん建物は狭くてもぼろくても構わない。

空き家であれば、掃除をしてきれいに使うことで、家賃と相殺してもいいと思う。

そして、衣類は古着を活用すれば何とかなるだろう。

こうすれば、最低限の衣食住を無償で提供できるかもしれない。

こんな世界を作ろうといくら叫んでも、そう簡単には実現しないだろう。

だが、所有者がその気になって空き家や余った部屋を使えば、すぐにでも実現できるはず。

こうした取り組みを、「国づくり」と名付けたい。

誰もが夢に挑むため、自分の土地や家を使って「失敗しても生きていける仕組み」を作ることだ。

かつて日本はそうだったことを、今朝の「まんぷく」が教えてくれた。

戦争を捨て、働けば食べられる国だったからこそ、日本は誰にもできない成長を遂げたのだと思う。

「働くこと」と「成功する」ことは違うことで、「生きること」と「豊かなこと」は違うことだった。

ところが今、儲からない仕事は価値を失い、貧しい人は生きていけなくなりつつある。

だからこそ僕は、豊かな人が貧しい人を「お金を使わずに助ける仕組み作り」に挑みたい。

貧富の格差を許容する代わりに、貧しい人も元気に生きていける社会を目指したい。

小さな国のお留守番

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地主の学校を予定通り8月中に書き終えた。書き終えたと言っても、最後のページまでひとまず書いたというだけで、読み直すと直したいところだらけだが、それでも〆切を守ってとりあえずやり遂げた。そして、引き続き内容を整理し、判りやすく面白くすることや、出版社を探して売り出すことなどやるべきことはたくさんあるが、もう一つ大切なことを思いついた。それは、これまで取り組んできた起業支援に加えて、本格的に「国づくり支援」を行うこと。たぶんこれこそが僕の目的で、本を作ったのはその手段に過ぎない。だが、このアイデアが生まれたのはこの本を書くプロセスでの出来事であり、本を書くことがこんな形で自分のためになるとは、想像もしていなかった。

 

起業が新たなビジネスを生み出すことであるように、国づくりとは新たな国を生み出すチャレンジだ。ここで言う「国」とは土地や地域のことだが、「町や村」と呼ばないのは、世界を相手に自由に発想するためだ。世界は多くの国や地域で出来ているが、そこには何の規格も基準も存在せず自由な自己申告制だ。だから町でも村でも、ご近所でも一軒の家でも、国になれない決まりはない。もちろん国として独立するには、周辺諸国の承認が必要なので、頭の固い日本政府を口説けるとは思えないが、別に正式に独立しなくても、やりたいことをやればいい。結局「地主の学校」という本は、国づくりのマニュアルのような内容になってきた。

 

国づくりの目的は、そこを永続的に良い場所にすること。一般的にビジネスは、永続性を求める必要は無いが、国づくりは土地の魅力を作る取り組みなので、土地とともに永久に続かなければ意味がない。僕の居場所・笑恵館では、建物の無料開放、交流の促進、そして500円の入会金で家族になれる会員組織に所属できる。これまで「笑恵館は何ですか」と尋ねられても、僕自身的確に答えられずにいて、「民営の公民館」とか、「本格的な住み開き」などとごまかしてきたが、これから僕は「小さな国づくり」と堂々と答えたい。そしてここから、国づくりの普及活動を始めたい、

 

国とは土地のこと、だから土地所有者がいればすぐに始めることができる。自分の土地を国にするのであれば、所有者が地主になれば良い。地主とは王のことなので、地主の許しがあれば何でもできる。もしもあなたの土地が小さければ、近所の仲間を誘って連合国や連邦にしてもいい。もしも土地が遠方にあるのなら、近所の人を大臣にして協力してもらえばいい。そして、あなたが所有者でなければ、国を作りたい場所の所有者を説得して王になってもらえばいい。所有者は個人でなくても構わないので、むしろ団体や会社が事業を行いながら国を作るのも素晴らしい。ちなみに笑恵館では賃貸アパートなど所有者の収益はすべて国の運営に使っており、オーナーは常駐管理人として働いていて、今やご近所でも有名な働き者の女王だ。

 

そんな女王が、先週末からピースボートに乗って世界一周の旅に出た。留守中は、事務局の僕と、せたがやブレッドマーケットのO夫婦が中心となって、留守番シフトで対応する。そんなわけで、今日から僕は下記の時間は必ず笑恵館で作業することになった。

月曜日9時~18時
木曜日13時~19時
土曜日9時~18時

木曜日は、笑恵館に関する会議や業務に負われてしまうが、月曜と土曜は比較的時間があるので、皆さんのお越しをお待ちしている。東京・世田谷の一軒家で始まった小さな国づくりプロジェクトを、ぜひ見に来て欲しい。そして、あなたの国づくりプランを聞かせて欲しい。

依存とサービス

僕は今、毎月5万円の小遣いをもらっているが、ほとんど5万円の貯金をしている。スーパーカブというバイクに乗っていて、これがリッターあたり60キロぐらい走るので、自宅から笑恵館までの往復が電車だと900円位かかるところ、カブだと100円程度で済む。笑恵館には週3日通っているので、電車に乗ったと思えば毎週2400円、月に1万円位が浮いてくる。今の僕は、このお金で暮らしているので、さっきの貯金ができてしまう。いきなりお金の話をしたが、僕は暮らしが充実すればするほどお金がかからなくなってくる。なぜだろうと思い、今日はちょっと考えてみることにした。

 

お金がかからない原因は、たぶん欲しいものがお金を払わずに手に入るから。それと、忙しいのでお金を使う暇が無いからだ。そもそもお金を払って手に入るのは、モノやサービスなど自分で出来ないこと。モノは自分で持っていないから買うんだし、サービスは自分で出来ないことをやってもらうこと。だから、全部を自分で持っていて、全部が自分で出来ることなら、お金は1円もいらないことになる。考えてみれば、昔はお金がなかったけれど、みんなそれでも生きていた。アフリカのアンゴラという国は、いま世界で一番物価が高い国と言われているが、それは都会で暮らす金持ちの話であって、田舎で暮らす貧しい人たちは、そもそもお金を持っていないので関係ないらしい。

 

ところで、お金が無くてもできることは、自分で出来ることだけでなく、他人にやってもらう方法がある。そこでちょっと乱暴だが、人に無料でやってもらうことを「依存」と呼び、有償でやってもらうことを「サービス」と呼ぶことにする。「自立とは依存する必要が無いことでなく、依存先にこと欠かないことだ」とは、東京大学先端科学技術研究センター准教授の熊谷氏の名言だが、人間同士の交流が、ある意味で相互依存だとすれば、そこでいちいち代金を支払う人などいるはずもなく、僕たちはすでに依存しあう人間関係の中にいる。だとすると、依存とサービスの違いは何なのか。確かにプロの技や高度な資格が必要なサービスもあるだろうが、誰でもできる掃除や子守などをサービスに依存する場合も多いと思う。こうした誰にでもできるようなサービスを買う人は、依存先のない人とも言えるだろう。依存先のない人が孤立しているとすれば、孤立はお金の力で維持していることになる。

 

きりが無いので今日の話はこれくらいにしておく。要するに、何を言いたいのかというと、お金があってもなかなか幸せになれないなと感じている。お金で手に入るのは、「誰かにやらせて自分はやらなくて済む」ということだ。つまりこれは「楽ちん」ということで、お金で買える数少ない幸せだ。だけど僕は、この「楽ちん」には興味がない。むしろちょっと大変で難しい方が、たくさんの幸せが待っている。そして、他の人でも買えることにはさらに興味がない。自分にしかできないことは、なかなか売ってないけど幾らでもある。最近家に閉じこもって執筆しているので、ついこんなことを書いちゃった。

ベーシックライフ

歴史はあたかも、地主を滅ぼそうとしていたように思えたのだが、それは違っていたようだ。土地利用の推進は政府が担っているように思われているが、それはインフラや資源となる公有地だけであり、暮らしや経済を担う民有地からは固定資産税や相続税を取るだけだ。補助金だらけの福祉やサポートが充実するばかりで、国民の自立性や活力は失われ、社会や会社への依存度は増すばかり。1000年以上続いていた封建社会を終わらせたものの、次の行先がまだ見えない。明治維新が封建制度を打倒したのは、民主化を進めるためでなく外敵から日本を守るためだったことが影響しているかもしれない。そして今、世界でも類を見ない規模で空き家問題が進行しているが、それは「後継者不足」という病であり、人類の存続を支えてきた「継承」という仕組みを封建時代の産物と勘違いして放棄してしまっているかのように、僕には見える。

 

地主の学校の執筆が進むにつれ、いよいよこの本の結論を書く時が近づいてきた。それは、新しい時代にふさわしい新しい地主は、何を目指すべきなのかということだ。僕は迷わず、この「継承」の再生を目指したいが、問題は「何を継承するのか」ということだ。ご存知と思うが、僕は1999年に建設会社を倒産させ、時効になったとはいえ今でも30億の負債を背負う失敗者だ。その僕が、こうして元気に暮らせることに、何よりも感謝の気持ちを持っている。どんなに失敗してもどんなに困っても、いつでも帰る場所がありそこで何とか生きられるなら、僕たちはやがて元気を取り戻すことができる。僕が、未来に継承したいのは、そういう場所のこと。具体的には、家業や実家、故郷などをイメージして欲しい。もしかすると、これらの場所を守るために人々を縛り付けていたのが封建社会だったのかもしれない。だが、僕が目指したいのは、これらの場所を持つことで、安心して世界に飛び出し、チャレンジできるようになることだ。

 

僕は今、笑恵館をはじめとする各所で、土地や施設そして地域社会を解放することに取り組んでいる。それはなぜかと考えると「そこを自分の家と思ってくれる人と出会うため」だ。そして、それらの人を受入れて、家族のように交流し、そこを実家や故郷にして欲しいから、あるいは一緒に働いて、それを家業と思って欲しいから。そうすれば、その人たちはたとえそこを出て行っても、疲れた時や、困ったとき、そして子どもを育てたり、年老いた時には帰ってくると僕は思う。封建時代と異なり現代は、一生を同じ場所で暮らすような時代じゃない。誰もが好きな場所に行き、好きなことをすればいい。だが、そうして得られたことを誰かに引き継ぎたいと願ったり、そこで儲けたお金で何かを作りたいと思った時、それを持ち帰るのが実家や家業そして故郷だと思う。そこで子供を育て、そこで老後を過ごすことで、そこは次第に素晴らしいまちになるだろうが、何より大切なことはそこが「自分のまち」となることだ。故郷を「懐かしい過去の場所」でなく、「未来に備えて育てる場所」に変革したい。

 

そこで僕は「ベーシックライフ」という言葉を思いついた。これは「ベーシックインカム(最低限所得保障)」という言葉に対抗する概念で、「政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を定期的に支給する」のでなく、「僕たち市民が家族に対し最低限の暮らしを提供する」ことを言う。まず、土地から得られる不動産収入を財源に雇用を生み出す「ベーシックビジネス」を立ち上げ、この従事者、参加者、賛同者を「ベーシックファミリー」と位置づけ、その土地を「ベーシックランド」と名付ける(以下、ベーシックはB:と略す)。そして、「B:ランド」の資源と「B:ビジネス」の収益を財源に、「B:ファミリー」に対して提供する最低限の生活を「B:ライフ」と位置付ける。B:ファミリーは血縁者に限定せず、B:ランドを実家や故郷と考える人たちを迎え入れるが、B:ランドやB:ビジネスに拘束せず、自由に活躍して欲しい。そして、B:ランドを実家と思って帰って来た時は、家族として食事や寝場所を提供するし、子育てや介護、看護などの協力をする。これがベーシックライフのイメージだ。

 

もちろん誰もが自分の居場所や住まいをB:ホームにすればいい。だが、考えてみるとそれは至難の業だ。まず、子育てや介護など小さな家族や共稼ぎでは大変だ。その上子供たちは進学・就職して実家を去り、新たな家庭を築いて帰ってこないし、それを見越した親たちは子供の負担にならないよう無理な同居は望まない。したがって、持続可能な家族になるためには、B:ファミリーのように複数家族が集まる必要がある。さらに、家族が協力し合うには、近隣関係であることが望ましい。だから僕は、いきなりB:ファミリーを募るのでなく、ゆるやかな交流から始めているのであって、決して茶飲み話で楽しむために交流しているわけではない。困った人や寂しい人を手助けしたいのは、元気になって活躍して欲しいから。そしてできれば成功し、故郷にも貢献してもらいたいから。

 

この夢なら、誰もが挑むことができるが、特に大切なのが「土地の所有者」だ。仕事・家族・地域をつなぐのはまさに土地だから。土地は地面というよりは空間そのものであり、現実世界そのものだ。だから僕らは家族になって所有権を共有し、みんなが世界の所有者になるべきだと思う。そして、すべての生き物と同じように、誰もが生きていける世界にしたい。生きるために税金を払うような情けない社会でなく、自分たちの力で生きて行けるようになりたいと思う。

後出しの夢

地主の学校の執筆作業が、ようやくはかどり出し、何とか30%程度にこぎつけた。遅くとも8月中には完成し、9月には延び延びになっているSHO-KEI-KAN展Ⅴで、展示リリースしたいと思っている。執筆のスタートに当たり、一番苦労したのが、この本のまえがきだ。地主の学校という仮タイトルにしても判り難いのに、その内容はもっとわかりにくい。まあ、判り難いからこそ、書籍化を決めじっくり説明しようと思うのだが、それにしてもその書き出しをどうしたらいいのか、本当に苦しんだ。だがとにかく、せっかく思いついた「地主」というテーマで突き進もうと決めて、模索するうちに「脱地主革命」という言葉を思いついた。

 

地主とは土地の所有者=王であり、日本政府などに依存せず、みんなで自分の土地の王になることが地主の学校の目的なのだが、昔の地主は封建社会の主役だったため、明治維新以降に権力を奪われ、やがて人々から忘れられた存在だ。そんな地主を復活させようと僕がいきなり騒いでも、とても賛同を得られるとは思えない。そこでこの言葉を思いついた。明治の歴史を振り返っても決してこのような言葉は出てこないし、むしろ地主を敵に回したくない明治政府は、既得権者の地主に忖度したと思われる。だが現実には地主の抹殺は見事に成功し、日本の不動産マーケットはほぼ自由化に成功した。

 

そこで僕はこの歴史に便乗し、「脱地主革命」があったかのようなストーリーを作ってみた。昭和の敗戦までの前半は地主の役割を社会と会社に引き継ぎ、それ以降の後半は土地所有を民主化することで地主の自覚を消し去り、見事に脱地主が実現したかに思えた。ところが5年前ころから空き家問題が顕在化し、土地所有者の責任が問われるようになったので、僕は本来地主が果たしてきた役割の喪失が、空き家問題という副作用をもたらしたのではないかと、仮説を立ててみた。つまりこれが、脱地主革命の失敗だ。だから僕は脱地主革命を立て直し、成功に導きたい。地主の役割引き継ぎを社会と会社だけに任せるのでなく、一番肝心な役割は、市民自身で引き継ごうと。

 

だが「脱地主革命」とは最近作った言葉なので、歴史を振り返る「後出しじゃんけん」のようなものだ。いまさらそれが成功したのか失敗したのかなどを論じたところで何の意味もないと、初めは思っていた。そもそも物事の成否や善悪とは、絶対基準ではなくあらかじめ定めた目的に照らして判断すべきというのが僕の自論だ。だが待てよ、、たとえ後付けでも、目的を定めた後はその成否を論じることができるようになるのかも。そして僕は、勇気を出して書き続けることにした。どうやら過去の歴史を、未来につなげることができそうだ。

 

空き家問題は一部の廃屋や所有者不在などの問題ばかりクローズアップされているが、僕は空き家が増え続けていること自体が世界に類を見ない大問題だと思っている。だがその予感は歴史を振り返ることで確信に変わりつつある。戦後の復興もすごかったが、明治維新もバブル経済も、負けじ劣らずとんでもない。だからこそ、脱地主革命もスゴイ革命にするために、明治維新にさかのぼって始まったことにした。このスゴイ革命を失敗に終わらせず、今の失敗を乗り越えるためにみんなで未来の地主を目指そうと、あえて後出しのビジョンを描いた。今更あがいても過去の歴史は変わらない。だが、これからの未来は帰ることができるはず。

 

あなたも諦めるな、夢は後出しでも構わない!

未来の無い社会

あなたは未来についてまじめに考えているか。世の中は変化が激しいので、未来を考えるのは難しいなどと、いい加減なことを行っていないだろうか。確かに昔は、何百年も社会が変わらないことが普通だったので、未来は考えなくてもわかったかもしれない。長く続いた徳川時代なら、家業や家督を子孫に引き継ぐ未来を想像したかもしれないし、何千年も続いたエジプトの王朝時代なら、いくら生まれ変わっても奴隷のままだったかもしれない。でも、未来を考えるのは未来を予測することでなく、未来を自由に描くことだ。たとえ奴隷でも、王様になる未来を描いて努力するのはできることだ。

 

つまり、未来を考えるのは何かを願うことだ。天気予報で明日は雨でも、雨が降ったら困るなら、降らないで欲しいと願うだろう。考えたとおりになるかどうかは二の次で、どうなって欲しいかが無ければ、喜びも悲しみも起こらない。願うからうれしいし、心配するから安心する。未来は考えることによって作られると僕は思う。逆に考えずに未来を迎えたら、無感情でそのまま受け止めるしかない。だから、あなたは絶対に未来を考えているはずだ。あまり未来は考えないという人は、考えていないんじゃなくてそれを説明するのが苦手か面倒なだけだ。今日は、あなたも必ず未来を考えているという前提で話を進めたい。

 

さて本題はここからだ。最初はあなたの仕事について未来を聞かせて欲しい。ここでいう仕事とは、何かの成果を伴う作業のこと。成果は収入でも満足でも何でもいい。成果を求めてあなたが取り組む仕事がうまく行ったとする。あなたはそれをいつまで続けたいか。もしもやめて、次の仕事をしたいのなら、それはどうするのか。つまり、自分のやりたいことをいつまでも続けたいかどうかという質問だ。そしてもしもあなたが続けたいのなら、あなたができなくなったらどうするか。誰かに引き継いで欲しいかそれとも自分だけで終わらせたいか。もしも誰かに引き継いで欲しいとしたら、その人にはどうして欲しいのか。つまり、永遠に続けて欲しいかどうかというのが最初の質問だ。

 

実は、同じ質問を家族でもしてみたい。あなたは自分の遺伝子を引き継ぐ子供が欲しいか。自分の遺伝子でなくても知識や技術など何でも良いから引き継いでくれる人が欲しいか。そしてその人にはどうして欲しいかと。更にもう一つ質問があって、それは故郷に関する質問だ。あなたには、これから帰りたい故郷があるか。もしもまだ無ければ、これから故郷を作りたいか。そしてその故郷はいつまであって欲しいか。自分が死んだ後もいつもまでもあり続けて欲しいか。これらはすべて、未来についての質問で、最終的には永遠についての質問だ。仕事、家族、故郷の未来について考えると、それは永遠について考えることになる。

 

実は、空き家問題を考えているうちに、僕はこの3つの言葉にたどり着いた。空き家は次々と生み出され、それらはさらに増え続け、減ることは無いのは、これら3つを考えないからだ。というのは、空き家が発生し増え始めたのは終戦の直後から。第2次世界大戦で日本の都市部は焼け野原となって壊滅状態だったから、日本の住宅はそこから作り始めたと言っても過言ではない。ところがそれ以来住宅戸数は増え続け、空き家の数も増えている。日本の人口は1980年代に頭打ちとなっているのに、その後も増え続けているのは家族が分裂して世帯数が増えているためだ。

 

昔日本に会社は無かったので、ほとんどの家は仕事場を兼ねた住まいであり、会社勤めのサラリーマンと共に専用住宅が生まれた。およそすべての商店や作業場は、自己所有の建物だったので、誰も家賃など払わなかった。ところが、会社ができ家業を継がずに就職する人が増えると、家業を廃業して賃貸したり住宅に変化する。現在空き家の過半数は賃貸住宅の空室だが、2年契約が大部分なので、すぐに空き家になる仕組みだ。残りの自宅は、本来家族が使うはずなのに、別居したり解散したりで自宅を引き継ぐ家族がいなくなっている。やがて子どもたちは故郷を捨てて出ていくが、残された親も子供に引き取られたり施設に入って故郷を捨てていく。とても大雑把だが、これが仕事と家族と故郷が捨てられるプロセスだ。

 

こうして捨てられる前は、仕事と家族と故郷は長い間引継がれてきた。世界の長寿企業の大部分が日本にあり、その大多数が地域密着の家族経営だ。明治以降7万以上あった集落が今や1700余りの自治体に統合され、ニュータウン以外に増えたまちなどどこにも無い。明治以前はエネルギーや食糧の供給は無く、すべての地域が自給自足で自立していたことを考えると、現代の日本に存在する自立した経済圏は、東京、大阪、名古屋などの大都市圏を考慮すれば、都道府県の自立すらおぼつかない。このままでは、日本の地域は30程度となり、中心部以外は空き家だらけの廃墟となる。これが客観的な日本の将来予測だ。だから僕は、みんなに未来を考えて欲しい。放って置いてもなるようになる世界に身を任せたくないからね。これから捨てられる地域で仕事を起こし家族を作り、故郷として支配してもらいたい。それが僕の思い描く未来の姿だ。

であることと、らしいこと

オーナーシップとは「所有者らしさ」のこと。実際の所有者であるかどうかでなく、所有者として必要なことを備え持っているかどうかということだ。所有権とは、自分のモノを自由に使い、自由に稼ぎ、自由に処分できる権利というが、その権利を行使することがオーナーシップには不可欠だ。したがって、土地や建物を放置して空き家や空き地にしたままの所有者は、オーナーシップが欠如していると言えるだろうし、放置せずとも自由に使用できなければオーナーシップとは言えない。だから、放置せず信頼できる使用者に任せる所有者や、所有者の賛同の元に自由を得る使用者には、オーナーシップが備わっていると僕は考える。

 

所有物に関する自由とは、誰の許可も必要としないことだ。そもそも許可とは「禁止の解除」のことであり、「禁止の解除を必要としない=禁止が無い」ということだ。だが現実には「何の禁止も無い状態」など許されるはずもなく、すべての自由には責任が求められる。この「責任」を免れるため、人間社会は多くを禁じ自由を奪ってきた。そのため、多くの人は責任から解放されることを自由と勘違いし、この不自由を受入れているのだと僕には思える。賃貸とは、不動産の使用禁止を一定期間解除することであり、自分の家で自由に暮らすこととは程遠いが、「みんなと同じ、これまでと同じ暮らし」を続ける分には、あまり不自由は感じないだろう。

 

だがこの不自由は、新しいことをやるには致命傷だ。何をするにもいちいち許可を得る必要がある。ただ一方で、前例のないことを許可することは無責任に他ならない。お役人は融通の効かない石頭で当然だと僕はもう。むしろ、がんじがらめの禁止事項に守られた不自由を受入れておきながら、自由が欲しいなどわがままだ。自由が欲しければ、「自己責任」を宣言すればいいだけのこと。これがオーナーシップには不可欠だ。何をしても構わないが、何が起きても他人のせいにできないことが、オーナーシップの核心だ。禁止される側でなく、禁止する側になることがオーナーシップであり、その上で、禁止することの是非を論じたいと僕は思う。

 

先ほどお役人の話をしたが、彼らの役割は公共を担うこと。だが、公共の土地や施設は彼らの管理下にあるものの、彼らは決して所有者ではなく、むしろ我ら市民こそが真の所有者だ。だから道路を誰もが通行できる場所に、公園を誰もが憩える場所にするために、厳しいオーナーシップを発揮するよう求めているのは、私たち自身であることを忘れてはいけない。たしかに「自己責任」の考え方を導入すれば、公園はもっと自由な空間にできるかもしれない。だがそのためには、すべての市民がそれを受入れる必要がある。結局、すべての人が「自己責任」を宣言し、禁止する側に立たなければ、禁止を解除することはできるはずがない。

 

こうして考えると、公共の不自由や禁止を嘆く前に、まず自分自身の「自由と責任」を考える必要がある。所有者なら、何のためにそれを所有しているのか、その目的を明確にし、実現を目指さなければそもそも所有する意味がないのだが、土地に関しては多くの所有者が自ら購入したのでなく、相続などで土地を継承しているため、特段の目的を持っていない。たとえ目的をもって購入しても、継承者がいなければやがて目的は風化する。だが、そもそも継承者がいないのは、そこに目指すべき目的が無いためだ。自分の死後も目指し続けて欲しい目的があるからこそ、それに賛同する協力者が継承者となっていく。僕は笑恵館オーナーのTさんからこのことを教わった。田名さんの思いに共感した僕自身が、笑恵館を継承したいと思うようになった。

 

その意味で、オーナーシップは使用者側にも必要なものだ。所有者を支え、やがて引き継ぐ覚悟を持つ使用者がいなければ、オーナーシップは継続しない。考えてみれば、所有者は決して「自己責任」から逃れることはできない。だから、「自己責任」とは「所有者を引き継ぐ覚悟」を指すものだと言ってもいい。家族だからオーナーシップを引き継ぐとは限らない。むしろ、オーナーシップを引き継ぐ者を家族と呼ぶべきではないだろうか。たとえ賃貸アパートの住人でも、賃料を賃料と思わず、所有者と共にアパートの維持費を負担するパートナーになればいい。笑恵館で貸し手と借り手が交流するのは、だれもが目的を共有しオーナーシップを持つためだ。その関係はレンタル利用者、無料利用者へと広がっていく。そして、その輪を周辺社会に広げていき、みんなが緩やかな家族になることが笑恵館の目的だ。

 

オーナーシップは「所有者らしさ」のこと。これを継承し、広げていくことで、僕たち自身が「社会の所有者」になることを目指したい。だがそのためには、所有者であること=所有権自体を継承する仕組みが必要だ。賃貸だけでなく売買においても、目的を継承する人に売却すれば、オーナーシップは引き継がれていくのだが、それは簡単なことではない。たとえ無償で譲りたくても、高額な税負担を免れない。そこで僕は、この課題に挑むため、土地資源を所有者自身が活用する事例を集め、オーナーシップが目指す共通の目的をわかりやすくお見せすることから始めたい。まずは5月の下旬、最初の展示イベントを笑恵館で開催する。まずは有言実行を、今日は自分の背中を押してみた。

非法人地域と都市国家

【非法人地域(ひほうじんちいき、英: unincorporated area)、または未法人化地域、未編入地域】とは、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリアなどの国に存在する、市町村に相当する最小区分の地方自治体(基礎自治体)に属さない地域である。そのため、より大きな行政区画であるタウンシップ・行政教区・バラ・カウンティ・市・小郡・連合州 (英語版) ・プロヴィンス 、あるいは国等により管轄されている。(ウィキペディアより引用)

「役所任せでなく僕ら市民が国づくりを担うべき」というのが僕の自論だが、何のことだかピンと来ない方のために、今日は「役所の無い地域」のことを紹介したい。

 

ここでいう法人とは、市町村などに相当する最小区分の自治体のこと。日本では国土のすべてが市町村という形で法人化されているが、世界ではこうした【非法人地域】がたくさん存在する。日本も明治維新までは、各藩や幕府がそれぞれ独自の体制で領地を経営していたのだが、廃藩置県ですべての大名から統治権が奪われ、今の体制に移行して以降は日本政府のもとに全国が都道府県・市町村として分割され、「地方行政=国の出先機関」、「地方自治=国からの授かりもの」のような認識が普及しているように思える。だが、法人の名の通り、自治体とは住民が地域社会を永続経営するための組織であり、行政とはそのためのビジネスだ。僕が破たんした夕張市に招かれた際、住民のいない無人地域を「道や国に返還せよ」と提案したのは、まさにこの議論を応用したものだった。

 

世界に【非法人地域】が存在するのは、住民がおらず自治や行政が不要な地域が存在するからだ。このことは、少子高齢化や人口減少で過疎が進む日本において、他人ごとでは済まされない。地域再生や活性化を行政主導で推進しているのは、地域社会の存続ではなく地域行政存続のためかもしれない。これが不採算の企業なら、解散・消滅すればよいのだが、絶対に消滅することのない地域社会では、自治体の統合や合併で凌ぐことになる。地域社会が統合され、その範囲が広がると、域内移動の負担が増え経営効率はさらに悪化するので、サービスの質も低下する。今の日本は、こうした悪循環に突入している。ならば自治体を消滅させればいいのだが、それは到底容認できない。なぜなら日本には新規に自治体を生み出す仕組みが無い。【非法人地帯】が無い国に、新規法人の概念がある訳ない。

 

将来日本が一部の自治体を廃止して、人が暮らす範囲だけを経営するような極端な「コンパクトネイション」になる日が来るかもしれないが、僕は到底それまで待てない。地域社会のサバイバルはすでに始まっており、すべての地域が活気にあふれたにぎやかな街になるはずが無いことは、明らかだ。今僕らがやるべきことは、借金を重ねて日本全体を延命する政府に頼るのでなく、ビジネスの力で一つでも多くの元気なまちを作ることではないだろうか。そのためには、どこの誰だかわからない株主に利益を貢ぐ企業でなく、特定の地域にその利益を還元し地域社会とともに永続的な発展を目指す企業を育てる必要がある。同じ買い物をするのなら、地域社会にメリットをもたらす企業の商品やサービスを買うべきだ。

 

そして何より、企業に対し地域に根差すメリットを創出することこそが、地域社会の課題だと僕は思う。今回大学生たちと訪問したシンガポールは、その意味においてまさにビジネス大国だ。東京23区と同じ広さに560万人が暮らすこの国は、現代の都市国家と言える。シンガポールの報告は、又の機会にするとして、いま世界では、都市国家の躍進が目覚ましい。国連による国民一人当たりのGDPランキングでは、モナコ、リヒテンシュタイン、ルクセンブルクと小さな都市国家がトップ3を占め、シンガポールも15位と、29位の日本と大きく水を空けている。これらの国は、規模や力をふりかざすのでなく、社会のルールや国土の使い方に工夫を凝らすことで存続している。役所に足を引っ張られるくらいなら、役所の無い【非法人地域】の方がまだましだ。今地域社会の担い手が見習うべきは、周辺国と強調しながらしたたかに生きる都市国家たちではないだろうか。

行動から思いつくこと

11月は、11日間にわたり古民家の活用事例を見て回った。当初リストアップした216件のうち、訪問できたのは174件で、まだ西神奈川や千葉エリアなどが残っているが、調査はこれで一区切りとし、今日はその結果を簡単に総括したい。そもそも僕は何を探していたのか。それは、「古民家の背後に所有者あり」という仮説を確認するためだ。古民家には所有者が培ってきた良質な空間環境、所有者にとって捨てがたい価値、そして所有者ならではの自由な利活用がなされているからだ。仮に利用者がテナントであれば、古民家につきまとう「取り壊し・立ち退きのリスク」を防ぐには、所有者との関係づくりが欠かせない。だから古民家ビジネスは、何らかの形で所有者が関与しているに違いない・・・という訳だ。だから、この調査は「たとえ建物が古びても、その利活用を諦めない所有者を探す旅」と僕は考えた。

 

判ったこと① 古民家分布のばらつき

Web検索で「古民家 活用、カフェ、ショップ、レンタル」などのキーワードで抽出した事例のうち、今回は、都内全域と神奈川東部、埼玉南部エリアを探索した。途中の町並みや、周辺の雰囲気を体で感じられるよう、世田谷の笑恵館を起点に原付バイクで走り回ったのだが、そもそも古民家の分布にはムラがあり、活用事例の地域における存在意義も様々だと感じた。例えば、鎌倉や青梅など歴史的な街並みが広範囲にわたって現存するエリアでは、調査対象以外にも数えきれない活用事例が存在する。というか、それが当たり前のようになされたからこそ、今の町並みがあると言えよう。また、旧街道に沿って古い町並みが残るエリアなどでは、たとえ事例がわずかでも、周囲を含めた可能性が感じられる。そして、開発が進み、わずかに残った活用事例では、むしろ希少な空間として、人々を魅了している。一方、データからは除外したが、ベッドタウンと言われる新興住宅地には、そもそも古民家が存在しない。高齢化が進む中、駅前のビルの一室で運営中のコミュニティカフェオーナーが、「古民家がある町がうらやましい」と言っていたのが印象に残る。

 

判ったこと② 施設の開放性

さて、今回の調査方法は、古民家の利用者を訪ねて「あなたはこの土地建物の所有者ですか?」と尋ねることだった。「あんたは何者だ、何の権利があってそんなことを聞くんだ」と、行く先々で叱られるのだが、「日本土地資源協会」とか「笑恵館」とか説明しながら、根気よく粘り続けた。だが、そうしたやり取りができたのは全体の25%程度で、残りは施設が閉まっていたり、スタッフに追い返されたりで、答えだけは聞いたもののそもそもまちづくりとは程遠い閉鎖的な商業施設だった。今回、所有者主体の活用事例を探しているのは、それが単なる収益目的でなく、自由な交流を促進する開放型の運営につながるものと考えたからだ。だが、少なくとも冷やかしの僕を優しく受け入れて、事業の説明をしてくれるような施設は全体の4分の1に留まり、残りは「そんなこと見ればわかるだろ」的な施設だった。

 

判ったこと③ 所有者との関係

こうして調査を終えてみて、施設運営者と所有者の関係は次の3つに分類することにした。

  • a.オーナーとは、運営者や経営者が土地オーナー本人若しくはその家族の場合。
  • b.協力とは、運営者がオーナーから直接賃貸し、協力または支援する関係の場合。
  • c.テナントとは、運営者とオーナーとの間に仲介業者が介在し、双方に面識も協力関係も無い場合。

そしてその割合は、「オーナー:25%、協力:14%、テナント:59%」ということが判明した。ささやかな調査なので、この数字から何かを断定する気はないが、感じたことは述べておきたい。まず、今回の調査はweb発信情報に基づいているので、発信できていない事例=個人所有者の関与はもっと多いのではないかと推測する。もう1点は、協力関係が少ないことで、「相続や土地壊しなどで何時退去させられるかわからない」というリスクに甘んじているテナント事業者が大多数という印象を受けた。

 

以上、今回調査のまとめを振り返ると、当初の疑問や仮説に対し判った③の他に、①や②のような調査の過程で新たな疑問と気づきが浮上したことがわかる。そもそも古民家が「土地資源の有効活用の証」なら、古民家が数多く残るエリアには何があるのか。そして、顧客以外の来訪者を拒絶する閉鎖的な施設に、そもそも新規性があるのか、そしてそのための自由が必要なのかということに、僕は疑問を持つようになった。確かに「見るからに魅力的で、料金を支払ってでも入ってみたい施設」であることは、施設運営にとって有利なことだ。だがそれは、僕が求めていることとは少し違う。僕が求めているのは、「見るからに何かできそうなので、まずはタダで入ってみたい施設」だと思う。決まった料金を支払うのでなく、新しい一歩を踏み出す場所でなければ「無から有」は生まれない。「新しいこと=行動から思いつくこと」と言ってもいいんじゃないかと、僕は思う。

石を積む

突然「石を積む」と言われても、あなたには「何のこっちゃ」だと思う。今日は、名栗の森オーナーシップクラブの11月例会に参加して、3つの「石を積む」を体験した。一つ目は、山道の途中にあるご神木の周辺整備。二つ目は、名栗湖を堰き止める有馬ダムの石積。三つめはその下流の名栗河原で体験したロックバランシング(石積みアート)。一見、何の脈絡もない体験だが、これらを通じて様々なことを考え、三つが奇妙に絡み合う、そんな今日の体験をここにまとめてみたい。

 

名栗の森オーナーシップクラブとは、埼玉県飯能市の西部に位置する旧名栗村にある人造湖「名栗湖」の南側に隣接する15ヘクタールほどの山林を、長年にわたって放置してきた所有者が、仲間を募ってその利活用に挑むプロジェクトだ。山林を貸すのでなく、全員が所有者として参加するので「オーナーシップクラブ」と命名し、昨年10月の発足からちょうど丸一年が経過したところだ。初年度はとにかくこの森の1年=春夏秋冬を体験しようということで、毎月第4日曜日に現地で例会を開催し、森の変化を体感した。森の中を通る「関東ふれあいの道」は、棒の折山登山の白谷沢ルートと言われる人気コースで、平日でも頻繁に登山者が通り抜けていく。冬になるとシカやイノシシを追ってハンターたちもやってくるし、クラブの仲間もマムシやツキノワグマに遭遇するなど、奥武蔵山系のほんの入り口だが、十分に「山」を感じることができる森だ。

 

登山道を5分ほど歩くと、道の脇に杉の巨木が現れる。地元の人たちが「ご神木」と呼ぶこの樹の袂には、朽ち果てた社(やしろ)の残骸が転がっていて、活動を始めた当初から気にはなっていた。森の一年を見守るうちに、その思いは次第に強くなり、2年目の活動は、「まずご神木の周辺整備から始めよう」と誰ともなく言い出した。これに対し、「そもそもご神木とは何なのか」、「僕たちはなぜここを整備したいと願うのか」、と素朴な疑問が湧いてきたのだが、「僕たちが持ち主だから」という根拠の無い答えがとても心地よく、みんなの意見はすぐにまとまった。だが、「ただ何かを祀りたい」では具体案が決まらない。行き詰まった9月の例会で、僕らは少し開き直り、近所の上名栗地区スタンプラリーに参加して集落を探索した。ひっそりとたたずむお寺や神社。こじんまりとした集落に立ち並ぶ古民家を訪ね歩くうちに、ふと足元にある石積みに気が付いた。そうか、人里の環境整備は石積みだ。

 

というわけで、ご神木の足元を石積みで整備しようということに意見はまとまった。石はもちろん、現地にある石を使い、登山道からご神木を見上げた時に何かを供えたくなるような基壇を作りたい…と漠然と考えて現地に向かった。「登山道に石が無ければ、下の沢から運べばいい」と安易に思っていたけれど、いざ歩き始めると、そこここに岩がごろごろと転がっていて、一同まずは一安心。足元に転がる「ただの岩」が、こんなに愛おしく思えるなんて、想像もしなかった。石集めは後回しにしてまずはご神木の元にやってきて、石積みを作る場所選びにひと悶着した後、スコップ持参のYさんをリーダーに、石集めと石積作業が始まった。そのあたりに落ちている石を拾い集め、それを積むだけのことなのだが、通りすがりの登山客からの好奇の目線を意識しながら、一同どこか誇らしげに、作業に打ち込んだ。それは明らかに「所有者だから許される特権」を意味していた。

 

出来上がってみれば、ほんのささやかな石積みで、通りすがりの人には気付いてもらえないかもしれない。でも、僕らにとって、初めての造営は完成した。みんな誇らしげに山を下り、名栗湖を堰き止める有馬ダムの堤で日向ぼっこをしながら弁当にありつくことにした。有馬ダムは、ロックフィルダムという工法で作られており、岩石を積み重ねた表面は、自然石が整然と石垣のように並んでいる。今しがた、ささやかな石積み工事をしてきた僕らにとって、この壮大な工作物は神の仕業にも思えた。僕らが6人がかりで1時間かけた作業量に比べれば、ここからの視界に見える様々な石積みがすべて偉大な仕業に思える。ビジター参加してくれたSさんから、「奥出雲のたたら製鉄の採掘跡が棚田として利用されている」なんて話を聞くと、ダンプもブルトーザも無い時代の人々の営みのすごさがひしひしと感じられた。

壮大なイメージをしながら日向ぼっこをした後、今度は趣を変えて河原に降り、石積み遊びをみんなに教えた。これは自然の石をいかに不自然に積み上げるかを楽しむ「ロックバランシング」という一種のアートで、ちょっとしたコツを覚えれば誰でも上達できるし、ハマってしまう。案の定、今日のみんなはたちまち夢中になり、子どものようになってしまった。小さな石の上に大きな石が乗っていたり、三角の石が旗のように立っていたり、「不自然とは何か」を競い合う不思議なゲームが先ほどのご神木の石積みを思い出させた。道行く人に気付いてもらいたい、ご神木への思いを形に表したい…という欲求は、結局「自然の中に不自然をどう作るのか=アート」ということにつながる。借り物は元通りにして返さなければならないが、所有者はそこに何かを創り、残すことが許される。

「賃貸でなく、所有することで世界を創っていく」と、今日も僕の主張につながる「落ち」でした。

ランドバンクという言葉

昨年開催したSHO-KEI-KAN展Ⅲで紹介した「ランドバンク」が、じわじわと脚光を浴びつつある。

【アメリカの取り組み】一部の州で先進的に活用しているランドバンク(LB)は自治体内に設置される州法で定められた行政組織のこと。固定資産税を一定期間滞納した物件は、裁判所等の手続きを経て、郡のLB の所有とすることができる。LB は、放棄物件の活用を図るため、様々な事業を行う。また、地域住民との協働による活動や、収用物件を地域に管理委託して行うコミュニティガーデン事業等を通じて居住環境改善に寄与し、空き家の収用、不動産価値の向上や犯罪件数の減少に寄与している。なお、オハイオ州では公設の民間企業として、LBに相当するLRC(Land Reutilization Corporation) が設置されており、好採算物件の収益を不採算物件の経費に回すことで収支を確保しているという。(以上、SHO-KEI-KAN展Ⅲより引用)

 

こうした取り組みに触発されたのか、政府・与党は5月9日、空き地の再開発や流通を促進するため、所有者不明のまま放置された土地を公的機関が利活用できる制度・・・「日本型ランドバンク」を創設する方向で検討に入ったと報じられた。簡易な手続きで公的機関が土地を借り受けられるようにすることで、国や自治体が効率的に道路整備などを進めることが可能になり、地方の再開発に道を開く効果が期待されるという。そして、政府が6月にまとめる経済財政運営の指針「骨太方針」に制度創設を盛り込むため、米国で成果を上げている非営利組織「ランドバンク」などの先例も踏まえ、5月中をめどに“日本型”の制度設計に向けた議論を本格化させる…と鼻息は荒かったのだが、その後足音は聞こえてこない。

 

一方で、国内では農地の利用を促進する「アグリランドバンク」が注目を集めている。これは、山形県鶴岡市の取り組みで、「空き家バンク」の取り組みが「空き家の賃貸情報」だけでなく「農地の賃貸情報」を取り扱うようになった事例だ。Webサイトを見ると「農地の貸し借り、売買については、地域の農業委員や生産組合長、JA等の仲介やあっせんにより行われていますが、この度、貸し付け、売り渡しを希望する農地等の情報を一元化し、広く農業者に公表することとしました。」とあり、農地活用の門戸を広げるという意味においては新たな取組と言えるだろう。だが、米国型ランドバンクが土地の所有に関わるのに比べ、日本の空き家バンクは情報開示による流通・仲介に留まっており、正確には「情報バンク」の域を出ない。「農地バンク」や「民家バンク」といった類似の取り組みも同様だ。

 

そこで、「ランドバンク」の意味についてさらに調べると、Wikiで面白い言葉を見つけた。「ランドバンキング(Land Banking)とは、1970年代のアメリカにおける地方自治体の土地利用の際に用いられた土地の有効取得手法に対して名づけられたものが最初と考えられている。その後、この言葉は民間の不動産開発会社による長期的な不動産開発ビジネスを意味するものとして使用されることになった。開発までの期間が長いことが理由で、投資家からの資金で事業を進めていくことが多いことから、不動産開発を利用した投資商品をランドバンキングと呼んでいる場合もある。各国においてランドバンキングという言葉の確固とした定義は存在しないと思われる。国によって細かい意味は異なるようであるが、一般的にはこうした未開発の不動産を活用した資産運用手法がランドバンキングと呼ばれている。」と。だがこれは、読んでお分かりの通り「地上げ開発」とあまり変わりがない。不動産の抱える課題を「投資のチャンス」としてしか解決できない発想こそが、今変えるべき思い込みなのではないか。

 

僕は、不動産ビジネスの新しい価値として「非営利ビジネス」を提唱し、笑恵館を実践している。米国型ランドバンクがそうであるように、ランドバンクは営利を追求するのでなく、その持続と発展を優先すべき事業だ。それは、使われていない土地や建物(土地資源)の収益率よりも利活用率を高めること。使われていないのなら利用者を募り、たとえ無償でも利用に供すべきだ。そこで大切なのが「資源」を提供するのでなく、「所有権」を提供すること。所有者としての権利と義務、自由と責任をすべて提供するべきだ。つまり究極的には、土地資源の活用を望む所有者からの「寄付の受け皿」になることを意味している。「そんなことは国がやることだ」とあなたは思うかも知れない。だが、財務省は「国に土地等を寄付したいと考えていますが、可能でしょうか?」という問いに対し、次のようコメントを公開しているので、読んで欲しい。

 

「【答】 国が国以外の方から土地等の寄附を受けることは、強制、行政措置の公正への疑惑等の弊害を伴うことがあるため、閣議決定(参考)によって原則として抑制しております。しかし、前述の制限に反しないような寄附の申出があった場合、土地、建物については、国有財産法第14条及び同法施行令第9条の規定により、各省各庁が国の行政目的に供するために取得しようとする場合は、財務大臣と協議の上、取得手続をすることとなります。また、行政目的で使用する予定のない土地等の寄付を受けることには合理性がなく、これを受け入れることはできないと思われます。」http://www.mof.go.jp/faq/national_property/08ab.htm

 

日本では、土地を所有し社会に役立てるのは僕たち自身の役割だということを、忘れないで欲しい。日本における公有地とは、国民全体がその管理を公的機関に委ねているだけで、中国や北朝鮮と違い、日本の国土はすべて国民のものなんだ。だからこそ、個人が持て余す土地や建物を預かって保有するのは、僕ら自身の役割たと僕は思う。その取り組みのキーワードとなる「ランドバンク」という言葉が、乱用され、迷走しないように、願いたい。

土地問題の「無から有」

先日、兵庫県H市にある「どうしようもない土地」の相談を受けた。約6,000㎡の休耕田の一角に築100年を超える古民家が建っているのだが、リフォームはもちろんのことシロアリの駆除費用も捻出できないため、このままだと朽ち果ててしまうという。それを承知で、助けていただけないだろうかというメールに、僕は二つ返事で快諾した。所有者の「お金が無い、為すすべがない」に加え、僕だって「有ったことも無い人」から「行ったことも無い」場所を相談され、「行ってみる時間も無い」と無い々づくしだ。だが、まさにそれが僕にとってはとても魅力的に見えた。

 

僕は「どうしようもない」が大好きだ。「一見どうしようもないこと」を何とかするのもいいが、「本当にどうしようもないこと」を何とかするのが面白い。それはどこかで、価値観や世界観を変えること、つまり「どうしようもない」と考えている自分自身を変える必要があるからだ。実は、相談者には希望があり、それはこの古民家や休耕田が観光や交流施設として活用されること。そのためには施設をきれいに整備し、人々が利用したくなるようにしなければならないが、自分にはその資金が無い。所有者の願いに賛同する人はいなくはないが、自分で資金を投じてまで協力するとは思えない。藁をもすがる思いで助っ人探しをするうちに、内閣府のホームページで僕を見つけたそうだ。「ご活動のおり、何かのお役に立てていただけそうであれば、ひと言、お声をおかけください。」との申し出は、僕にとってはストライクだ。僕は依頼者の願いを叶えるのでなく、僕自身の活動に役立てることで答えればいい。

 

お金さえあれば、何でも作れる。斬新な設計をし、立派な施設を建設すれば、魅力的な施設ができるだろう。そしてはじめのうちは、人々が訪れ、繁盛するかもしれない。だがそれはいつまで続くのだろうか・・・と僕は考えてしまう。「そんなこと言ってたら、何もできないじゃないか」と言われるかもしれないが、僕は現状を見てそう言わざるを得ない。つまり、そもそも古民家と田畑は、なぜ捨てられてしまったのかということを。ここで求められていることは、「施設が活気づいて成功すること」でなく、「捨てられずに持続すること」ではないだろうか。「他のモノ」なら、必要に応じて作ったはずがいつしか使われなくなり、捨てられていくのは仕方のないことだが、「他ならぬ土地」もそれでいいのか。いつまでも無くならずに使い続けることができる「土地=空間」がいらなくなるなんて、それ自体が間違っているのではないだろうか。

 

チョット脱線するが、「何もない」ということを説明するのは案外難しく、むしろ「何かある」と考える方が合理的だということは、科学の歴史が教えてくれる。まだ昔地球が平らだと考えられていたころ、海の端は滝になっていて、世界は4匹の像が支えていた。だがその向こうは何なのか、像は何に乗っているのか・・・と考えるとさらに謎は深まるばかり。「何もない」とは、「考えても無駄」を意味していた。だが現代では、元素や素粒子の間・真空と呼ばれる部分は「何もない」のでなく「何かで満たされている」と考えられている。科学者はそれを「ダークマター(暗黒物質)」や「ダークエネルギー」と呼び、2013年3月、欧州宇宙機関はプランクの観測結果に基づいて、ダークマターは26.8%、ダークエネルギーは68.3%、原子は4.9%と発表した。僕たちが判っているのは「4.9%」、これが宇宙科学の現状だ。

 

話を「宇宙」にまで広げなくても、「世界」を見れば十分だ。日本の空き地は、これから世界中から狙われるようになる。僕たち日本人が、こんなに安全で豊かな土壌を持つ国土を「要らない」というのなら、欲しがる外国人はいくらでもいるだろう。きっと彼らなら、もっとどん欲に土地を使って生きるだろう。だが、僕たちは外国人に国土を明け渡す気など毛頭ない。だがこのままでいくと国土の荒廃は止まらない。それは、国土全体を保全するよりも、そこから目先の利益を得ることが優先しているからだ。施設でも地域でも国全体でも、「活性化すればなんとかなる」という発想が蔓延しているように僕は思う。気が付けば、誰一人として「滅びないための対処」をしていないのではないだろうか。都合の良いことだけで世界を組み立てていて、本当に良いのだろうか。

 

「無から有」とは、帽子からウサギを出す手品のことではない。何かがあるとき、その周りには「何もない」のでなく、「何か以外の未知の何か」があると考えることだと僕は思う。「使い道がない」という理由で放置されるなら、「使わない土地建物をどうするのか」という次の議論に進むべきだ。新たな使い道を考えるのは、その議論のほんの一部に過ぎない。僕の主張は、「使えない人に所有させていていいのか?」であり、「買い手がいないなら、もらい手を探すべき」という問題提起だ。だから今回の案件も、早速出会った協力者には、くれぐれも「使い方」を考える以前に、「この土地に興味があり、もらえるなら所有しても良いと思う人」をイメージし、誘って欲しいと依頼した。

 

多くの人にとって「土地の価値」は、そこがお金を生んだり、換金できることかも知れない。だが、「土地所有の価値」は、そこで暮らし、働き、何かを生み出すことのできる人生の価値だ。僕がこだわるのは「土地の放置」ではなく「土地所有の放置」に他ならない。「必要としない人」から「必要とする人」に引き継ぐことこそが、土地問題の「無から有」ではないだろうか。

余りと不足

 

空き家問題というと、家が余っている問題に思われる。確かに住宅は供給過剰で、賃貸住宅の2割が空いている。その結果、入居者の取り合い、家賃の暴落、賃貸事業の破たんなど、大家にとって受難の時代だ。だが、生活者の側から見れば、家賃が下がるのはいいことだし、大家の苦しみなどぜいたくな悩みにすぎず、結局大した問題にはならないだろう。しかし、使われないものが増え続け、それが大した問題にならないということ自体、相当おかしな状況だと思う。この状況の問題点が見えにくいこと自体、深刻な状況なのかもしれない。要らないものが増えている裏側で、必要なものが減っているとしたらどうだろう。必要なものがいらないものに変化しているとしたら、それは深刻な問題だ。

 

そもそも、家が余るのはなぜなのか。余った家がそのまま放置されているのはなぜなのか。本来、使われないものは捨てられるはずだが、家や土地は捨てられないからそこに残ってしまう。捨てられない土地は誰かに売るしかないのだが、買い手がつかなければ売ることもできずに余ってしまう。売れないのなら、誰かにあげればいいのだが、貰い手がいないので余ってしまう。つまり土地は、タダでも引き取り手のない「ゴミ」となってしまったのだろうか。そんなはずはない、いくら何でもタダなら引き取り手がいるはずだ。日本の土地なら中国人がどこでも買うという話を聞いたことがあるが、あながち嘘でもないだろう。だが、先日ある財団の方が「包括遺贈で寄付を受けた土地が売れなくて困っている」と話していたことを考えると、ただの土地すら余っているのが実情らしい。どうやら土地は本当に余っているらしい。だとすると、足りないのは土地の需要の方なのか。

 

土地を必要としている人は、確かにあまり見当たらない。笑恵館周辺の住宅地には、大きな邸宅がたくさんあるが、いずこも暮らしているのは高齢夫婦や単身者ばかりで、やがて相続が発生するとほとんど例外なく取り壊され小さな建売住宅が立ち並ぶ。相続人が大勢いたり、相続税が高かったり、いろいろ事情はあると思うが、でも、たとえ相続税を払えたとしても、そもそも古い大邸宅を誰も欲しいと思っていないのかもしれない。大きな家に住んでみたいと、心の中では思っても、実際には維持費も経費もかかる上に、手入れや掃除も大変だ。大家族で暮らすのでなければ、持て余すのは確実だ。すっかり高齢化した住宅街が、まさにそれを物語っている。世田谷ですらこうなのだから、さらに郊外や地方都市では大きな屋敷が余るのだろう。どんなに供給過剰と言われても、住宅ローンで買える建売住宅や、シンプルな賃貸住宅の方が求められているのが現実かも知れない。

 

それでは、大きな物件、不便な物件、古い物件など今余っている土地や建物は、かつては誰が必要としたのだろう。それは、その家の子供や奉公人などの家族が引き継いだり独立するのに必要だったはず。むしろ、昔の「家族」は会社に近い存在で、家が所有する土地や建物は長男が家督として引き継ぐことで、その分割や分散を防いできたほどだ。それが、家業を捨てて就職し、サラリーマン化することで大家族は核分裂し、勤め先と住まいも遠く離れて仕事場と住宅が完全に分離した。もはや、「地域で工夫して生きていく」ために不可欠だった「家賃のいらない自由な土地」は、無用の長物となりつつある。そういうことか。「家賃のいらない自由な土地」を必要とする人々こそが、今不足しているということか。

 

だとすれば、使わない土地を売らずに持っている人々は、そんなニーズを待っているのかもしれない。「どうかその土地を、私に使わせてください」という申し出を待っているのかもしれない。さもないと、土地は「売る」しかないのだが、所有者の望み通りに使ってくれる人が買ってくれるとは限らない。考えてみれば、大多数の土地は買ったのではなく祖先から譲り受けたもののはず。できればそれを売るのでなく、その場にふさわしい姿で使ってくれる人に「引き継ぎたい」と願うのは当然のことだ。土地は確かに余っている。だがその原因は、所有者が譲りたいと思う「もらい手」が不足しているのが原因なのではないだろうか。この問題を解決するには、「家賃のいらない自分の土地を自由に使いたい人」を広く募ることだ。「土地が欲しい」というニーズを高め、「土地不足」の状況を作らなければ、社会は動かないのではないかと思う。

なんとかシップ

広辞苑を調べていたら、【スポーツマンシップ:正々堂々と公明に争う、スポーツマンにふさわしい態度】という記載を見つけた。「・・・シップ」を、「・・・にふさわしい態度」とは、とても分かりやすい表現だ。フレンドシップ、メンバーシップ、チャンピオンシップ、リーダーシップ、そして「オーナーシップ」とは、まさに「オーナー(所有者)にふさわしい態度」のこと。義務や強制ではないが、自発的に行われるほど賞賛や尊敬に値する美徳に属する価値観だ。したがって、「スポーツマンシップに反する行為」と言われるものを思い浮かべてみると、審判の目を盗んで反則をするとか、試合の相手を侮辱するとか、どれもルール違反ではないがモラルや礼儀に反することを意味している。

「土地の放置や放棄」という問題は、まさに「オーナーシップに反する行為」だと僕は思う。土地の放置は認められているし、放棄は制度上できないはずなので、実態として放置や放棄が行われても、問題化することはない。昨年取り締まりが始まった空き家問題にしても、問題化したのは空き家が周辺社会に及ぼす「迷惑」であり、一部の悪質な空き家を「特定空き家」に認定して取り締まったに過ぎない。これに対し「空き家の有効活用」という対策も各地で活発化してきたが、これも「空き家が利用されていないこと」に対する対症療法的な取り組みに過ぎない。こんなことをしている間にも、土地の放置や放棄は増え続けており、空き家問題はその氷山の一角に過ぎない。

土地オーナーに与えられる所有権とは、「利用・収益・処分」の3権と言われるが、これらの権利を行使しない所有者が増えている。後継者がいないので使えなくなったとか、入居者がいないので収入が無くなったとか、買い手が見つからないので売ることができないとか、理由は様々あるだろう。だが、「土地オーナーたる者はそんなことは言い訳にならない」のがオーナーシップだと僕は思う。しかし、多くの土地所有者にはオーナーシップという自覚がない。だから、せっかくの所有権を行使できなくても簡単にあきらめる。そして周囲の人たちも、そんな所有者を他人事として放置している。つまり、所有者以外の人たちもまたオーナーシップを分っていない。

「なんとかシップ」とは、当事者だけでなく周囲の人たちもすべてが持つべき心がけだ。フェアなプレイを心掛けるプレイヤーだけでなく、それを見守る観客も一緒にフェアプレイを重んじなければスポーツマンシップは成立しない。それはリーダーシップやフレンドシップも同じことで、当事者ひとりで実現できることではない。僕は以前、シンガポールの道路には路上駐車が一台もいないのを見て愕然としたことがある。いくら取り締まりが厳しくても、1台も違反者がいないなんて僕には理解できなかった。だが、「シンガポール政府が路上駐車の無駄や危険を繰り返し国民に説明するうちに、国民がそれに賛同するようになった」という友人の説明を聞いて感激した。シンガポールでは、こうした「シンガポールシップ」的な話がたくさんある。小さな国だから、豊かな国だからとか、いろいろ言う人がいるけれど、僕は「誰もがその気になること」こそが世界を変える正攻法だと確信した。

「名栗の森オーナーシップクラブ」は、まさに「土地所有者らしさとは何か」を考えるプロジェクトだ。現在9組のメンバーが参加しているが、参加の動機も、目的も、仕事も趣味も見事にバラバラだ。唯一の共通点は、「名栗の森に関わりたい」という期待と好奇心の合わさったような感覚だ。でもこれこそが、「オーナーシップの芽」に僕は思える。今日の例会は、参加するはずだったやる気満々の林業者がドタキャンで来なくなり、どうなることかと気を揉んだが、顔をそろえたメンバーたちはそんなことは笑い飛ばし、現地で出会ったハンターを捕まえて、シカ狩り談議に盛り上がった。山林は決して林業だけのためにある訳ではない。そこには変化に富んだ自然があり、歩いて楽しい地形があり、クラフト心を誘う材料があり、美味しい空気や香りがあり、鳥や獣が潜んでいる。躯体的な利活用はまだ何も実現していないが、放置や放棄という問題とは、完全に無縁の森がすでに実現している。

土地の放置や放棄という問題は、その利活用の実現ではなく、オーナーシップの確立によって初めて解決すると僕は思う。「どうなることが解決か」という議論をせず、「やらないよりはましな対策」をいくら講じても、永久に解決しない。今やるべきことはその正反対だ。どうせやるなら、「永久に解決すること」に僕は挑みたい。

世帯数問題

(グラフはSHO-KEI-KAN展Ⅲより引用)

「世帯数問題」とはググっても何もヒットしない、ある意味で僕の造語だ。日本の人口は1985年に1億2千万人を超えたのちに頭打ちとなり、2008年12月をピークに減少し始めたが、世帯数はその間も増加を続けていた。たとえ人口が増えなくても、世帯数が増えれば経済需要は増加する。人口減少は経済を縮小させるというかつての議論はどこへやら、成長を前提とした経済運営が今日現在もまかり通っている。しかしついに、2015年から世帯数の減少が始まった。今度こそ、間違いなく縮小型社会への移行を余儀なくされると僕は思う(数値データは、「人口・世帯数の動向(http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/jyuseikatsu/hyodaikyukeikaku/kyusankoshiryo.pdf)」というページを参照されたい)。僕が「空き家が社会に及ぼす迷惑」でなく、「空き家発生のメカニズム自体」を問題視しているのは、空き家がまさに、この世帯数問題の産物であり、これから始まる「社会縮小」という現象のホンの一面にすぎないからだ。

世帯数と社会の関係をもう少し細かくイメージしてみよう。世帯とは「実際に同一の住居で起居し、生計を同じくする者の集団」と言われるとおり、社会的・経済的な生活単位のこと。同一の住居に暮らすということは、同一の台所を使い、同一の浴室を使い、同一のトイレを使うこと。したがって、これらの設備は、少なくとも世帯数分必要となり、そこで使われる冷蔵庫や洗濯機などの家電製品や生活用具、自動車なども、世帯数に応じて必要になる。日本では、5年に一度国勢調査を行っているが、その対象は「日本に居住している全ての人及び世帯」とされ、世帯が社会生活の単位であることをよく表しており、空き家の数もこのデータを利用して「供給住戸数-世帯数」で算出している。多人数世帯の分裂によって増加し続けた少人数世帯が無ければ、建売住宅やマンションなど「不動産の細分化」による住宅供給を買い支えることはできなかっただろう。

さて、これらすべての商品需要が世帯数とともに減少すると、一体どうなるのだろう。すべての商品は供給過剰となり、生産を減らすか外国に販路を求めるか、または新たな需要を掘り起こし、新製品を開発することになるだろう。そして売れ残り以上に、不要品となり大量のごみが発生する。ごみの処分は生産や販売よりも難しく、その多くが放置され部屋を埋めていく。空き家の多くが活用できずにいるのは、部屋が不要品で埋め尽くされ使える状態でないからだ。それは亡くなった家族の遺留品だけでなく、独立していった子供たちの思い出も少なくない。世帯数とは、こうした遺留品や思い出という置き土産を残したままで増殖を続けてきたため、ひとたび減少を始めると今使っているものと合わせて2倍のごみが出る。そして、先ほどの新規需要の減少と合わせれば、成長に対する3倍の足かせになるように思える。

深刻な問題のはずなのに、「世帯数問題」が語られることがまだ少ないのは、これまでの成長型経済では対処できない問題だからだと僕は思う。だがそれは、成長型経済の欠陥ではなく宿命であり、今必要なのは成長型経済を否定するのでなく、その欠点を補完する仕組みを付加することだ。あえて言うならば、「グローバルな成長型経済」の対極に位置する「ローカルな持続型経済」だ。世帯数の減少に対し、これまでと逆の発想を持って対処しても、それを成長経済に反映し、グローバルな一般解を得ようとするから無理がある。そもそも世帯数の増加プロセスは、成長型経済システム上で起きた現象だ。世帯数の増加は、成長型経済がもたらしたと言ってもいい。統計を見ても、富裕国ほど少人数世帯数が多く、貧困国においては多人数世帯が多い(http://www.stat.go.jp/data/sekai/zuhyou/02.xls#’2-9′!A1)。おそらく理由は簡単で、お金がなければ一人暮らしはできないから、逆に言えば、多人数で暮らすのは貧しくて相互扶助を必要としているからだ。

だとしたら、世帯数の減少とは何なのか。それは人口の減少に伴う現象というよりは、成長経済の限界だと僕は考える。豊かになった人々が消費の欲求を失い、次の豊かさを求め始めたとしたら・・・経済は成長せずとも継続さえすれば十分で、むしろお金でで買えない新たな価値を求め始めたのではないかと僕は考えたい。「お金の価値」とは「モノやサービスを購入できること=他人に何かをやってもらう価値」だとしたら、「お金で買えない価値」とは「モノやサービスを購入しないこと=自分で何とかする価値」だと考える。例えばシェアハウスやグループホームといった概念が、世帯数の減少を招いている。そこには、共に暮らすことにより「互いが無償で与え合う=シェア」という金銭に頼らない持続の仕組みが存在する。これを無理やり対価型のビジネスにすると、その魅力が消えうせる。対価型でない、自らも汗をかく面白さこそが、新たな価値なのかもしれない。

このように従来と真逆の発想で、僕はこの問題に取り組みたい。1世帯=1住戸という発想だから、世帯数の減少が問題化するのであって、1世帯=複数戸であればむしろ生活はより豊かになるはずだ。これまでなら「3戸使えば賃料も3戸分」だったのを、「3戸使っても賃料はゼロ、その代わり一緒に畑を耕して、みんなで稼ごう」みたいにすればいい。世帯数の減少により余ってくる資源を、みんなでうまく活用すれば、小さくても持続可能な経済が生まれるはず。かつて世界がグローバル化するまでは、誰もがそうしてきたはずだ。だからこれは、決して目新しいことではない。昔のやり方を思い出し、最新技術とうまく使い分ければいいだけのことだと僕は思う。

世帯数の減少は、成長のない暗い世界の始まりではない。お金の力で自立という名の孤立を深め、自宅に居ながらにして世界とつながっている錯覚に陥った人たちが、もう一度外に出て、近所の人々や身近な世界と実際につながろうとする、むしろ大きな前進だと僕は思う。だがそれは、地域ごとどころか世帯ごとにも異なる答えを探さなければならず、世界の人々が一つの正解を目指すことで発展してきた成長型経済や既存の社会システムは、当てにできそうにない。我々一人一人の個人が、身近な世界を自分で作るという「頭の切り替え」が必要だ。「途上国の国民は貧しいが明るい、一方で先進国の国民は豊かだが暗い」という話を聞くが、この「豊か」という言葉はかなり怪しい。「金持ち=豊か」という先入観を捨て、自分の豊かさを模索するのに、モノ余り・土地余りの時代は絶好の好機だと僕は思う。ここはひとつ、「問題解決を先送りして目先の金もうけ」に走るのでなく、「金もうけを先送りにして目先の問題解決」に取り組んでみないか?

ただ今六日町訪問中

新潟県六日町にお住いのMさんから初めのメールをいただいたのは、4月22日のことだった。7年前まで旅館を営んでいた築45年の建物を、どのように活用できるか、否か、考える時期でもありと思い、笑惠館に興味を持ちメールいたしました・・・との問い合わせに、僕は即刻反応した。「”笑恵館”は、オーナーである田名さんの願いを実現したプロジェクトです。私どもは、こうした”土地・建物の活用に挑むオーナー”を支援することが、地域の衰退や空き家問題に挑む最善策だと考えております。Mさんのお悩みを、是非ともお聞きしたいと存じますので、まずはメールで何なりとお伝えください。」という僕の申し出に対し、すぐにMさんから歓迎のメールが届いた。こうなったら行くしかない。早速カミさんと母を誘って、昨朝、六日町に向けて出発した。

GWにもかかわらず都内も関越道もスムーズで、9時には新潟県に入ることができた。いつも通過してしまうエリアなので、道草をしてみようと湯沢で高速を降りたが、巨大リゾートの苗場、スキー客で賑わう田代湖、そして3大峡谷の一つ清津峡など、見所がたくさんあり、六日町に着いた時は15時になっていた。Mさんのお宅は六日町駅からほど近いまちかどにあり、すぐにわかった。車の気配に気づいたのか、Mさん姉妹がにこやかに出迎えてくれた。早速館内をご案内いただき、客室や離れの温泉を拝見した後、食堂らしき部屋で改めて互いに自己紹介。実はMさん姉妹と僕たち夫婦はほとんど同年代ということが分かり、あっさりと意気投合。さらに母も交えて話をするうちに、まさに家族同士の関係になってきた。土地資源の活用にとって、僕は家族のきずなを作ることが大切だと考えている。やがて話は本題に移ったが、その内容はまた別の機会に報告したい。

僕の基本姿勢をご説明し、Mさんサイドの事情をおよそ理解できたところで、みんなで近所を散策することにした。子供時代からこれまでのまちの変遷を聞きながら、今がどんな状況なのかを知り、季節の移り変わりの話を聞きながら、今がどんな季節なのかを知る。地元に人に自分のまちを案内してもらうことは、訪問者にとって本当に贅沢な体験だ。六日町は僕にとって、中学1年の時水泳部の冬合宿で訪れた懐かしいまちでもある。6年生の時川で泳いでいたというMさんと、あの時六日町の自慢でもあった50Mの温水プールで泳いでいた僕が一緒に歩く感慨なんて、本当に私的な話だが、そういう小さな共有を大切にして、一人ずつ仲間を増やしていくことが、持続するビジネスを育てるのに欠かせないことなんだと僕は思う。

散策から戻り、一息ついた後、みんなで近所の居酒屋へ。店主の親父さんから「あれ、おばあちゃんの友達かい?」と間違えられ、ちょっといい気分。アケビの芽のおひたし、生ウドのスティックなど旬の山菜に感激。桜の名所の賑わいが収まって、静かな休日を迎えたこのまちで、こんなおいしい体験ができるなんて、これまで「高くて混雑のGWは仕事漬け」を決め込んでいた僕にとって、新発見だった。のけぞって喜ぶ僕たちの姿を見て、むしろ驚いているのはお店の人やMさんたちの方だった。自分の魅力は自分ではわからない・・・と頭ではわかっていても、やはり分からないもんだ。

と気が付けば、日付が変わり眠くなってきた。今日は早起きして、十日町に寄って帰ろう。Mさんのプロジェクトをスタートさせるため、2つの宿題を託して帰ろう。以上、六日町出張第1日目のレポートでした。

成年後見に気を付けろ!

土地資源の活用に関する相談を受ける機会がだんだん増えてきましたが、僕が取り組みたいのは利用者より所有者からのご相談です。なぜなら、土地資源の新たな活用には所有者の同意が不可欠ですし、その継続には所有者の参加が不可欠だからです。ところが実際に相談に見える方の多くは所有者ご本人でなくそのご家族です。所有者にしてみれば、土地資源の将来は自分の死後の世界でもあり、あまり考える気になれないのかもしれませんが、これから土地資源を継承する人にしてみれば、将来は自分が所有者になる時のことなので真剣です。ところが本人以外のご家族は実際の決定権を持っていないので歯がゆい思いをされています。そんな中、Sさんは母上の任意後見人となり、いよいよ土地資源のマネジメントに乗り出そうとした矢先のこと。家庭裁判所から大ブレーキがかかったのです。

成年後見制度(せいねんこうけんせいど)とは、広義にはその意思能力にある継続的な衰えが認められる場合に、その衰えを補い、その者を法律的に支援する(成年後見)ための制度のことです。認知症など判断能力のなくなった人が、無駄遣いをしたり騙されたりして経済的に破たんしないように保護するため、後見人が本人に代わって財産を管理し、その内容を家庭裁判所に報告します。したがって、土地資源に関していえば、不利益な条件で賃貸したり、不当な安値で買いたたかれるのを防ぐ効果は絶大です。しかし、土地資源の積極活用を促進したり、保全整備に費用をかけることは、その妥当性を家庭裁判所がすべてを判断することになります。さらには、そうした業務の対価を得ることは後見人には原則として許されません。それが被後見人の子どもであれば、相続対策として否認されます。

この制度において、土地や建物は所詮「財産=お金」です。そうでなければ、その価値を誰も客観的に評価することはできないでしょう。もしも被後見人が望む姿が、周囲の人からどんなに喜ばれるものであろうとも、その資産価値を下げることになるのであれば認められません。そんな「価値」に関する議論を、弁護士や裁判所としなければならないこと自体、とんでもない負担であり無駄なことです。たとえ本人が何もわからなくなっても、その財産の継承者が本人の意思も引き継いでさえいれば、傍からどう思われようとかまわないはずです。

この制度には民法に基づく法定後見と、任意後見契約に関する法律に基づく任意後見とがあり、「成年後見」の内容については様々ありますが、「成年後見」自体を中止することは「被後見人の判断能力が回復するか死亡した時」でなければできません。つまり、「一度始めたら、やめることのできない制度」と考えるべきでしょう。財産や思いを継承する人がいないのであれば、これも当然のことと思いますが、もしも信頼できる継承者がいらっしゃるのでしたら、この制度は「引き返しのできない本当の最終手段」と考えるべきだと思います。

そしてさらに思うのは、どんなに仲が悪くても、財産や事業の継承については1日も早く始めることが肝心だと思います。そもそも、周囲の人が財産を把握していないことが騙されたり取られたりする原因です。家族の財産は、誰の名義であろうと家族全員が所有者の自覚を持ち、「みんなの資源」として生かすべきです。それができない時点で、すでにその家族は崩壊していますし、それができる間柄でありさえすれば、血のつながりなど関係なく家族として存続できるのだと思います。裁判所に守ってもらう家族になど、絶対になりたくありませんよね!

僕を釣った男

今回の訪問は、石川県羽咋市宇土野町にある、築350年の岡部家住宅の再生プロジェクトが始動する節目の訪問だ。これまでは、岡部家の方や現地の親戚(分家)との信頼関係を築くプロセスだったのに対し、これからは現地での新たな仲間作りとして、家族の輪を広げる段階に入る。そこで僕は事前準備として、「羽咋」で検索できたすべてのサイトを覗き、その手掛かりを模索した。そしてようやく唯一のサイトにたどり着いた。それは、羽咋在住の個人が独自の視点で羽咋の魅力を発信するサイト。誰にでもできそうな、ささやかな地元紹介のサイトが一つだけ見つかった。僕は早速そのサイトの問い合わせフォームに熱い書き込みをし、返事を待った。すると、2日後にこんな返事が返ってきた。

「日本土地資源協会 松村様 はじめまして。
羽咋観光サイト(http://hakui.me)の運営をしております吉田圭哉と申します。(実名でいいよね!)
この度はご連絡ありがとうございます。古民家の活用について興味深く読ませて頂きました。私は羽咋でフリーランスとして活動しています。主な事業はWeb制作です。地元である羽咋で働き始めたのは去年からでして、まだ人脈や影響力が少ない人間ですが、何かお力になれれば幸いです。よろしくお願いします。(3/17)」

そこですかさず、僕はこう返した。

「吉田さん、早速お返事いただきありがとうございます。早速ですが、4月の9-11日にかけて羽咋にお邪魔することにいたしました。その際には是非ともお目にかかり、様々情報交換させていただければと思います。また、早速Facebookで友達申請もさせていただきましたので、よろしければご承認のほど!
それでは、取り急ぎお返事まで。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。(3/17)」

これに対し、吉田さんの返信は・・・

「松村様 こんにちは。吉田です。4月の9~11日まで羽咋にいらっしゃるのですね。私は9日(土)の午後~夕方までは予定が入っておりますが、他は空いておりますので、ぜひお会いできればと思います。楽しみにしております。現状で、古民家及び敷地内の活用方法で決まっていることがございましたら、参考までにお知らせ頂けると幸いです。よろしくお願い致します。(3/18)」

こうなると、話は早い、状況説明の後こんなメールを届けた。

「先ほどの続きです・・・
それと、これは勝手な妄想なんですが、羽咋での活動の広報を、吉田さんにお手伝い願えないかと考えています。私も所有者も東京にいるため、この事業の現地協力者をどれだけ集められるかが、とても大切だと考えています。まして、現地のビジネスは現地の皆さんに担ってもらうべき。なので、吉田さんには業務委託先ではなく、事業パートナーとして参加していただけないでしょうか。少なくとも、そんな思いでおりますので、ご承知おきください。ご意見がありましたら是非お聞かせください。ではでは!(3/18)」

そしてこんなお返事が・・・

「松村様、こんにちは。吉田です。
(中略)また、事業パートナーとしての参加の件、光栄です。9日と10日の夜は体を空けておきますので、よろしくお願いします。(3/19)」

これで決まり。
やり取りを開始して2日後に、無理やり事業パートナーに任命、その後現地説明会の参加者を集め、4月10日の説明会が実現しました。説明会には京都の大学を卒業して地元に戻ってきた新卒女子Eさんから、苦労人の市議会議員Mさんまで、6名が参加、先回お話しした「よぼし親子」の縁を結んだところで、会は最高潮に。最後に一人ずつ感想を述べてもらうことにして、最初に立ち上がった吉田さんがこう切り出したんです。

「今回自分のWebサイトで松村さんを釣った吉田です。やりましたっ!!」

これには一同ひっくり返って大笑い。僕も絶句でした。しかし、彼の言う通り、僕は吉田さんを釣ったつもりでいましたが、釣られたのは僕の方だったんです。

いろんな出会いがありますが、今回は本当に痛快です。だからそのままお見せしちゃいました。

つまらないを定義する

「みんなのビル」は、つまらないビル経営を面白くするプロジェクト。ここで言う「つまらない」とは、次の4つのことを指しています。
1.相続する身内のいない【諦めのビル】
2.その良さが活きてない【残念なビル】
3.老朽化して人気のない【老いたビル】
4.他人任せで苦労の無い【不労のビル】

LR事業についてご理解いただくため、これらの課題にどうやって取り組むのかをお話しします。

1.相続する身内のいない【諦めのビル】

せっかく引き継いだ土地も、苦労して築いた建物も、それを相続する人がいないのは「寂しい」ことです。そしてたとえ居たとしても、自分の思いを引継いでくれる人でなければ同じことだと思います。だとすれば、実は多くの人がせっかくの財産を「譲りたい人に譲れない」という悩みを抱えています。これが第1の「つまらない」・・・【諦めのビル】です。

もしも相続人がいなければ、財産はすべて国のものとなってしまいます。すべてが換金され、何かの役に立つのかも知れませんが、土地は誰かに売却されてしまうのです。たとえ相続人がいたとしても、その土地に興味が無ければそれまでだし、複数で相続すれば分割されてしまいます。土地は消えることが無いので、無残な姿に変わり果てることでしょう。だから、土地は単なる財産でなく、代々の所有者の思いがこもった資源だと思うのです。

そこで私たちは、オーナーの思いを受け継いで、土地を生かし続ける事業に取り組んでいます。人には必ず寿命があり、次世代への引き継ぎは避けられません。家族制度が崩壊し、相続人のいない土地が急増しているといいますが、そもそも家族制度の目的はこの引き継ぎだったはず。土地の引き継ぎができない家族は家族の内に入りません。むしろ土地に込めた思いを伝え、それを引継ぐ人を家族と考えるべきでしょう。当協会は、その意味において土地資源継承のための「家族」を生み出します。

「家族=所有者と所有権を分かち合う人」が、この問題に対する私たちの答えです。

2.その良さが活きてない【残念なビル】

せっかく作った中庭が荒れ果てていたり、せっかくシンプルなデザインでまとめたのにセンスのないテナントが雰囲気を台無しにしたり、「オーナーの夢が叶っていない」と感じさせるビルをときどき見かけます。本当のところはオーナーに直接聞いてみなければわかりませんが、もったいないことは事実です。これが第2の「つまらない」・・・【残念なビル】です。

どうしてこういうことが起きるのかというと、ビルを作るときに目指したことや、工夫したことをビルの運営者やテナント斡旋者が理解していないことが原因です。彼らはそれを知らないのか、知ろうともしないのか。もしも知らないとすれば、それは伝えていないオーナー側に責任があります。思いや目的は、煩がられるほどしつこく伝えても簡単には伝わりません。その上、たとえ伝わったとしても、多くの人がそれをきちんと受け止めず、何の配慮もしてくれません。契約条件にでもなっていない限り、面倒なことはすべて省略されてしまうのが現実です。しかしこれでは、意味がありません。

そこで私たちは、オーナーの思いやこだわりを共有し、それを発信します。オーナーが本当に望むことは、多くの場合収益ではなく、その先の目的です。それは社会での評判や評価かもしれませんし、そこに集う人たちの笑顔や賑わいかもしれません。たとえ空室が無く収益が上がっていても、工夫や苦労は報われたとは言えません。たとえ時間がかかっても、それに賛同する人たちが集まるよう、もう一度オーナーのチャレンジを実行します。当協会はオーナーのこだわりが社会の利益に貢献することで、やり甲斐のあるビル経営を実現します。

「甲斐=社会の利益に貢献すること」が、この問題に対する私たちの答えです。

3.老朽化して人気のない【老いたビル】

せっかくローンの返済も済み、ゆとりのあるビル経営ができる時期になったのに、ビルは老朽化し、設備もデザインも時代遅れになれば、おのずと活気のないビルになってしまいます。実のところ、これ以上儲かっても税金が増えるだけなので、空室が多くても困らないのですが、ビルは荒れていくばかり。これが第3の「つまらない」・・・【老いたビル】です。

こうなると、リフォームやらリノベーション、果ては建て直しまで営業マンがひっきりなしにやってきます。日本では「新しい」ことに価値があることは確かです。賃貸住宅の退去時には壁紙が張り替えられ、中古住宅のリフォームを新築そっくりさんと呼ぶ会社もあります。しかし「新しい」という価値は、時間とともに無くなります。後発の「新しい」と常に比較され、勝ち目はありません。もうこれ以上、自分に不利な価値観につき合わず、「古いことはよいことだ」と頭を切り替えるべきだと思います。そして大切なことは、お金の力で無いものねだりを解消するのでなく、現状ここにあるものを活かしきり、使い切ることです。「ローンの負担が無い」という自由を、最大限に生かすことが大切です。

そこで私たちは、空室や未利用のスペースを閉鎖せず、現状のままで誰でも使えるように開放し、新たな利用者を受け入れます。無料開放を進める一方で、長期や短期の占有利用やスペース以外の壁面や屋外利用など、新たなニーズを捉えて収益化を進めます。設備投資は使用後の寄贈を前提に利用者の負担で行います。耐用年数を経た時点で施設を更新するのではなく、永続施設として維持するにはどうすればよいかを考えます。当協会は、その意味において土地資源の「永続活用」を目指しています。

「土地資源=永久になくなることのない無限の資源」が、この問題に対する私たちの答えです。

4.他人任せで苦労の無い【不労のビル】

不動産収入は代表的な不労所得です。ビルやアパートを経営するといっても、実際の管理業務やテナント募集は多くの場合不動産屋に任せきりで、忙しい仕事とは言えません。もちろんそうなるためには、大変な苦労と努力があったのですが、その後継者はその苦労もなく働かなくなってしまいます。これが第4の「つまらない」・・・【不労のビル】です。

土地や建物から賃貸収入を得ることを「大家業」といいますが、これは単なる俗称でそんな産業は存在しません。監督官庁も無ければ、準拠すべき法律も民法と憲法です。「大家」とは、職業ではなく身分の呼び名といっていいでしょう。多くの人は、自分自身が使うために土地を所有して、家賃を払わずに家業を営んできたのに、その後継者がいなくなることで廃業し「大家さん」になったわけです。ですから、このままでは後継者が育つはずがありません。所有者自身が土地建物を活用するビジネス=仕事を生み出さなければ、継承のしようがありません。

そこで私たちは、全ての施設に専任の管理者を置き、ビル運営という業務を創出します。さらに、施設の保全や整備、そして更なる利用の促進のため様々な業務を創出し、雇用を生み出します。所有者は土地資産から不労所得を得るのでなく、自ら提供した土地資源が生み出す収益から、働いた対価を得るようになります。当協会は、その意味において土地を「資産から資源」に、所有者を「大家さんを就労者」に変換します。

「LR事業=所有者参加の土地活用ビジネス」が、この問題に対する私たちの答えです。

解決のイメージ

笑恵館の近所の空家群を見に行った。まず、相談者Oさんのお宅はご夫婦の暮らしが2階でほぼ完結しているので1階の5部屋が空き室状態で、当面の課題は[片付け]だ。そして庭続きの裏の家は趣のある木造2階建てで、和風にまとめられた庭には時々植木屋さんが入っているという。さらにその隣家も大きな家で、数年前から空き家状態だとのこと。この3軒の家は、段差などはあるものの庭を介してつながっており、庭に立ってみると250坪は下らない大きな屋敷に思えてくる。建築基準法によって1敷地に1建物の制限があるので、道路側から見れば明らかに別個の3軒なのだが、庭から見ればそこには塀もなく、都会の中のちょっとした[村]に佇んでいる錯覚に陥った。

この感覚は、以前にも体験したことがある。会社がつぶれ、新会社を立ち上げていた時に、表通りに面していない巨大な旗竿敷地に[街]を作るプランを描いたことがある。奥まった敷地の中に作る建物を二つに割って間に[道のような空間]をつくり、そこに自由に橋をかけたり屋根をかけたりしたのだが、それは[法律上の道路]ではなく単なる[道路のような庭]だからできたこと。ここでは逆に、3軒の家が一つになると家は1軒しか建てられないが、3軒のママ一体的に使うことで[3軒の村]のような庭を作ればいい。[隣地境界]の概念を変えてしまえば、[緩やかにつながる新しい暮らし方]を提案する余地は十分にある。

今僕らが取り組むべきことは、家の[新しい作り方]ではなく、[新しい住まい方]だ。その際、所有とか境界にやみくもに縛られるのでなく、どのように使いたいのか、暮らしたいのかを考えて、それを実現するのに都合のいい[所有の仕方]を考える、そんな順番に頭を切り替える必要があると思う。道路側に対してはきちんと戸締りをするが、庭側の扉はいつも開いていて、村内の行き来は自由にできるような、数軒の家が集まりその全体をシェアハウス的に運営する方法も考えられる。身内以外の人を受け入れる暮らし方は、1軒の中に閉じこもるより、むしろこうした[村]になった方がいいようにも思える。

空き家問題の相談が少しずつ増えてきた。相談内容は様々だが、要約すれば「もったいないけど使えない」となる。さて問題はその[答]だ。[もったいなく無いように使う]ではなく、[もったいないけど使えない状態にならないようにする]が僕の意見だ。つまり、貧しい人に[お金をあげる]のでなく[稼げるようにする]ということだ。しかし、実際にやるのは難しい上にその説明も難しい。でも[対症療法]はうんざりだ。問題を解決しその先の世界に進むため、なんとしても[原因療法]に取り組みたい。そこで、この対症療法と原因療法をつなぎ、誰もが取り組みやすい解決策を考え出す必要がある。その手がかりとなるのが[夢=未来]だ。

[普通はバラバラに孤立して暮らす数軒の家が互いに開き合う暮らし方]これって、かなり夢に近い答えに思える。しかし、それを実現するにはどうすればいいのか?、そんな企画を実現するにはいくらかかるのか? それを考え実行するのは手間もかかるしリスクも高い。だが、それらはみな新たな開発や工事をするリスクであって、空き家や空き部屋を試しに使うのなら先行投資はわずかで済む。むしろ必要なのは、所有者の理解と合意だけ。だから僕たちは、真面目に夢を語る必要がある。まず初めに僕ら自身が[そうなるといいな]と思える夢を描き、その夢を空き家の所有者たちが[そうなるといいな]と感じた時空き家活用がスタートし、[そうなるといいな]と思う人たちがそこに暮らすようになり、[そうなるといいな]と感じた周囲の家に広がっていく。そして、この村のようになるといいなと思う人たちが全国で真似をするようになることが、僕の解決のイメージだ。

空き家を生まない社会を目指して

「空き家を生まない社会を目指して」という言葉は、僕が設立した[日本土地資源協会]という団体のミッションをわかりやすく表現するために思いついた言葉だが、実はこれには元ネタがある。

それは、株式会社ワーク ・ライフバランスのK社長の言葉「残業の無い社会を目指して」という言葉だ。

ワークライフバランスとは、元来家庭を顧みない働き方や働かせ方に対し警鐘を鳴らす言葉として登場し、どちらかといえばワーク(会社)に偏重した生活スタイルをライフ(家庭)側にシフトする意味合いを持っていた。

ビジネスの形としては、企業の福利厚生面でのサポートからそのCSR的な側面へ浸透させると同時に、地域社会や行政へも働きかけながら社会動向として位置付けられるようになっていったと記憶している。

ところが一昨年、あるテレビ番組で久しぶりにK社長が話しているのを聞いて、僕は衝撃を受けた。

彼女の話はもはや福利厚生から事業の生産性へとシフトし、「だらだら残業している社員こそが会社のお荷物で、てきぱきと働き家庭と両立している社員の生産性が高いことは先進諸国の常識だ!」と熱弁をふるう。

会社で会議ばかりしてる人はマーケットの実態を知らず空論に明け暮れているが、さっさと退社して家庭や友人と[顧客としての時間]を過ごす人は、顧客のニーズを自ら感じ取り新たなマーケットを創出する。

その上残業族は高齢でコストも高い上、残業手当は25%割増だ。

こうした役立たずのせめて残業をカットして、ランスの取れた若者を雇用することこそが生産性向上に直結するというわけだ。

僕はこの[論理の進化]の感動した。

結局彼女は、当初の目的から全くぶれることなく、そのターゲットを大企業の福利厚生担当課長から、あらゆる企業の経営・人事トップへとシフトした訳だ。

彼女の目的は残業をなくすことではないが、目的が実現したその時には、確かに残業はなくなっているに違いない。

僕のやりたい事業を正確に表現すると、[民間土地資源の活用による永続経済創出へのチャレンジ]なんて感じになると思う。

バブル崩壊後の失われた20年とか言われる超低金利時代から、脱出できずに破たんへと突き進む日本政府とその取り巻き経済は、先立つおカネが無ければ何もできない弱虫になり果てている。

しかし、かつての日本がそうだったように、今元気の良い諸外国の人々は我々よりずっと貧しいのに、身の回りにあるものをフル活用して世界の舞台で役を演じはじめている。

もしもこの暗いトンネルを抜け出すことができたなら、その時僕たちは[金持ち]ではなく[知恵者]になって世界と向き合いたい。

僕らに与えられた素晴らしい自然、整備されたインフラ、細やかな文化、平和な社会をこの目で見たいという世界の人々を至る所でもてなしたい。

そしてその時僕らのまちには、活用できずに放置・放棄されている[空き家]など、あるはずはないと僕は思う。

この言葉に魅かれて、僕がやろうとしていることを手伝ってくれる人が来てくれたら、それは嬉しいことだけど、もっと嬉しいのはこの言葉に魅かれて僕と違うことをする人たちが現れること。

Kさんの「残業の無い社会」に触発されて僕が動いたのと同じに、「空き家を生まない社会」で誰かが動き出すのを、ドキドキしながら眺めてる。

土地資源の再定義

協会HPには、 【ランドリソース】とは、土地資源を意味する造語です。 土地や建物を「当事業の対象」として指し示すとともに、土地の利用・整備・保全に取り組む際に単位となる「一団の土地」を表します。 とあるが、これは具体的な記載とは言えない。 そこでまず「土地資源」を再定義したいと思う。

 

土地を資源化する4要件

1.開放不動産

一般の不動産では、未利用部分を閉鎖して不特定の人々の立ち入りを認めない。その主な理由としては、開放していると第3者に占有されたり毀損される恐れがあるからだ。上記を解消するためには新たな手間や負担が生じるため、結局未利用部分は放置され、増加している。

これに対し「開放不動産」とは、未利用の場所にも可能な限り不特定の人を受け入れるために、手間や工夫を厭わない運営が行われる不動産のこと。「住み開き」や「家を開く」などの取り組みが該当する。(モクレン館、羽咋PJTなど)

2.公開不動産

一般の不動産では、利用に関する情報は業者による広告として公開されているにすぎない。その主な理由としては、所有者の多くが自ら事業に取り組んでおらず、不動産活用の「賃貸と売買」に限定して業者に委託するからだ。しかし、所有者の希望や事情はもっと多様で複雑なため、「賃貸や売買」で解決するとは限らない。

これに対し「公開不動産」とは、所有者が自らの希望や事情を開示して利用者や事業協力者を募ること。

3.非営利不動産

一般の不動産では、不動産から得られる収益は所有者に帰属する。

4.非買不動産

 

当協会の取組

1.不動産公開のサポート

  • (ア)  不動産に関する情報管理
  • (イ)  不動産所有者の夢

2.不動産開放のサポート

  • (ア)  コミュニティ運営
  • (イ)  管理者育成

3.公益不動産の運営 非営利経営

  • (ア)  利用促進              未利用不動産の開放
  • (イ)  整備促進
  • (ウ)  保全促進

4.不動産保有法人の設立

ランドリソースってどういう意味?

土地は不動産とも呼ばれる代表的な資産です。昨今の空き家や耕作放棄地といった問題は、主に民有地が放置されている状態を指すわけですが、資産という観点からすれば、運用されていない遊休資産と言ったところでしょう。しかし土地は、元来生活や生産の場として私たちの生活にはなくてはならないもので、利用されずに放置されているのはその供給ができていないことに他なりません。需要と供給の関係で言えば、供給過剰だから余っているということになるわけですが、果たしてそうでしょうか?

確かに住宅やマンションは、人口が減少しているにもかかわらず新規の供給が続き、都心部では大規模な再開発が相次いでいます。老朽化した住宅や小規模の事業スペースにはかなり空室が目立ちます。供給過剰は誰の目にも明らかで、疑いの余地はありません。しかし一方で、住宅困窮者は確実に増えています。また、多くの事業者が賃料負担に耐えられずに廃業に追い込まれ、新規起業や開店に対する阻害要因にもなっています。つまり、需要に対して供給が過剰なのではなく、ニーズの無いものが供給されるミスマッチを起こしていると考えられます。

今求められているものは何なのか、それは不要な付加価値を排除した安いもの、いや極端に言えば、タダのもの…つまり「資源」です。土地は売ったり貸したりできる資産である以前に、使ったり生産するための資源です。土地はこの利用価値を永久に維持し続ける減らない資源だからこそ、おカネより信頼される資産となりました。しかし、その資産として使われる土地が増えすぎて、資源としてみんなが使える土地がすっかりなくなってしまいました。

ランドリソースとは、「土地資源」という意味の造語で、現状そのままの土地建物のことです。余計な投資を行わず、現状の情報を開示し、利活用、整備あるいは保全方法についての提案者を募りながら、資源の価値を最大限に発揮できる方策を模索します。ニーズに合わないミスマッチによる投資リスクを避け、長期ビジョンを描きながら運営することで、地域社会からも必要とされる息の長い事業を生み出したいと考えます。ランドリソースとは、現状の「不動産」の対極からその功罪を補完するため、社会の必要から生まれた選択肢だと確信しています。

定休日は何のため?

笑恵館には2つの定休日があります。一つは笑恵館自体施設としての定休日で、 もう一つはテナントのパン屋(せたがやブレッドマーケット)の定休日。二つの定 休日をめぐり、考えさせられています。 できれば一日も休みたくありません。休んでしまえば、来客数が減り→売り上げ が減り→利益が減ります。これが「休むことのデメリット」です。一方で「いつ でも使える・いつでも買える」という来客に与える安心感は「休まないメリット (価値)」です。休むことがデメリットで休まないことがメリットなんだから、休みたいはずはありません。安心がやがて信頼を生み、頼りにされる存在になることこそが、笑恵館の目指す姿です。 だからこそ、何とか「休まないでもできる仕組み」を模索してきました。

笑恵館に住んで生活することは、休まず運営するための必須条件です。言い換え れば、住宅こそが年中無休の施設にふさわしい。ただし、そこで働き・稼ぐこと が必要です。職場が別では、仕事中は留守となってしまいます。こうして、崩壊 しつつある地域コミュニティを再生すべく、笑恵館はおのずと「職住接近または 一致」を目指すことになります。 そしてもう一つは会員制。「笑恵館クラブ」というゆるい家族の一員となること で、笑恵館利用者にも運営の一部を担っていただくのは、休みを減らし、なくす ために他なりません。 開業に際し、パン屋さんから「木・金を定休としたい」という申し出があり、こ れに合わせて笑恵館も「金曜定休」とし、オーナーの休養日と考えました。

しか し実際には、パン屋は兼業しながらの開業となるため定休日は「店の休み」であ り「仕事を休む」わけではありませんし、笑恵館には会員から金曜利用の希望が あったため、金曜と日曜は「オーナーの定休日」と考え、私が勤務することで対 外的には定休日を設けていません。 パン屋は知らずに来店した客を落胆させないために「定休日を周知したい」の に、笑恵館はいつでも気軽に来館してもらうために「定休日を知られたくな い」。

笑恵館には、煮え切らない二つの定休日ができました。 ところが最近、定休日に関するクレームが発生しました。それは「住宅街で無休 とはどういうことだ、せめて土日は静かにしろ!」というのです。周囲の人たち は「今後はもう少し注意しましょう」と呑気に構えていましたが、私は過敏に反 応しました。なぜなら、前職の建設会社時代には、日曜日の工事休業はすでに社 会の常識だったからです。でも「日曜日を休業にする」とは口が裂けても言いた くありません。なぜなら「日曜日に楽しめる場所が近所にできてとてもうれし い」という喜びの声を私自身数多く聞いていたからです。 この問題をキチンと考えたかったから、今回書きました。そして気づいたこと は、建設会社は「日曜を静かにするから、平日はうるさくても我慢してくれ」と いっているに過ぎないということ。元当事者の私が言うのだから、あながち間違 いではないと思います。そしてクレームももっと正確に言えば「平日は忙しく働 いているんだから、日曜日くらい静かにさせてくれ」なのかもしれません。

だとすれば、会社も学校も日曜はお休みで、普段仕事に出かける人も子供たちも 日曜は家に居ます。日曜ぐらい疲れをいやすために静かに寝たい人もいれば、日 曜ぐらい家族で楽しく過ごしたいという人もいるでしょう。日曜日は本当に静か に暮らさなければならないのか。僕は慌てて答えを出したくなくなりました。 笑恵館では、毎週日曜日の11時~15時を「笑恵館ひろば」と題して、手作りのイ ベントを開催しながら施設を開放します。「お出かけしそこなった日曜日は、笑 恵館に来てください」と、日頃から呼びかけています。近所の人たちに休みを楽 しんでもらうため、できるだけ休んでいる人の迷惑にならないように配 慮しな がら、オーナーの休みを確保しつつ、私が休みを返上して、これからもお叱りを 受けながら、ステキな日曜日を目指して頑張りたいと思います。

LR×行動する大家さんの会

先日「行動する大家さんの会」の代表:下條雅也さんにお目にかかり、すっかり意気投合してしまいました。

「行動する大家さんの会 http://www.o83nokai.org/」とは、不動産賃貸事業を営む大家を中心に、関連業務に取り組む有志が自由に情報交換をする任意団体で、2年前から活動を始めています。

HPの「会の理念」によれば・・・

「行動する大家さんの会」は、ただ受身の姿勢で知識を得るだけでなく、実際にその知識を使って行動する大家さんになるための会です。また、大家さんだけではなく、賃貸市場に関わる全ての人々を「幸せ」 にするために行動するという思いも込めました。「行動する大家さんの会(AOA)」は大家さんによる大家さんのための会です。業者の営業のための会ではありません。

・・・とのことです。

これまで賃貸ビジネスの主役であるはずの大家さんが、業者任せで受け身の姿勢だったという問題意識から、「大家さん自身が行動を起こした」ということ、そしてこれが「意外に新しい活動だということ」に驚きました。

下條さんは、結婚相手が練馬の大地主の家系のお嬢さんだったため、突然大家さんと身近に接することになりましたが、企業で財務などを担当した経験から、次第に授業内容に興味を持ったそうです。やがて、先祖伝来の土地の運営に心を砕く一方で、節税や相続の対策に追われ、不動産業者や金融機関からの執拗な提案についつい身をゆだねてしまう実情を知るに至りました。「賃貸業はあくまでビジネスであり、人任せではいけないのではないか?」という思いから、管理の実務をやらせて欲しいと親族を説得し、暗中模索が始まりました。管理会社を解約し、自分が管理担当者となるということは、すべてのクレームや相談事に昼夜の別なく対応しなければならないことを意味します。覚悟を決めて対応を続けるうち「いろいろなことが見えてきた」と下條さん。「入居者の顔が見えてくるにしたがって、このビジネスの魅力と価値がわかってきました。」と力強く語ってくださいました。

そこで私も、「土地は資産である前に資源でなければならない」というランドリソースの理念をお伝えし、土地の所有と管理をする「地主(土地所有者)」こそが国づくりの担い手であり、「税金対策に明け暮れる資産管理業」から、「公益を担う資源利活用業」に移行すべきことを熱く語っちゃいました。

その後も大いに盛り上がり、この日は、大泉のデニーズで少なくとも5杯のコーヒーを飲みました。

さっそく私も「行動する大家さんの会」に入会し、次回9月7日の勉強会にお邪魔しようと思っています。

今後の展開がすごく楽しみです。何か動きがありましたら引き続きレポートしていきますのでご期待ください。

 

担当 松村拓也 takuya@nanoni.co.jp