僕の所属する日本土地資源協会(LR)は、土地を永続的に保有するための団体だ。

設立7年目にしてようやく税務上の課題を解消し、事業スキームが確立したので、今年はその説明に歩いている。

その中で様々な質問をいただき、それに答えることもまた僕にとって貴重な学びや気づきとなるのだが、先日こんな質問を受けた。

「松村さんの団体は一般社団法人だが、土地を保有し運用するのなら、財団法人の方が適しているんじゃないですか?」と。

この問題は、実は以前から気になっていたことだったが、今回すらすらと答えることができて自分でも驚いた。

今日はこの話をしたいと思う。

社団(しゃだん、英仏: association、独: Verein)とは、大陸法及び英米法における民事法上の概念で、一定の目的によって結集した人の集団について用いられる。

大陸法においては、一定の目的によって結合した財産の集団である財団と対立する概念ともされる。(wikiより)

日本ではこの概念に基づいて社団法人と財団法人が民法で定められ、一般には社団は人の集合体で、財団は財産の集合体と言われる。

もちろん財産とはお金のことで、その代表例はノーベル財団だ。

ダイナマイトなど爆薬の発明で巨万の富を築いたノーベルは、死後自分がどのように記憶されるかを考えるようになったという。

1900年当時、ノーベルが財団設立に充てるよう遺言した遺産の額は、現在の通貨の価値に換算すれば16億クローナ(192億円)に相当する。

現在のノーベル財団の資産額は31億クローナ(372億円)であるというから、当初のほぼ2倍であることが分かる。

このうち53%が株式に投資され、残りが債権や不動産で運用されているようだ。

資産運用のポリシーとしては毎年3~4%の運用益をあげ、それを賞金やその他の経費に充てることにしているというから、将来も当面は安泰だと言えそうだ。

この場合の目的は、不動産の運用でなくそこから得られる収益のことで、株式の配当と同じ所有者の不労所得を指す。

従って、収益が得られなくなれば高収益な物件に買い替えたり、値上がりした物件の売却益も収益となる。

土地の寄付を受ける公益団体や自治体も同様で、土地の活用が目的ではなく、使いにくい土地は容赦なく換金されてしまう。

だが、財産とはお金だけではなく、土地、株式のほか芸術品のコレクションなどを保有する財団法人も数多い。

日本ナショナルトラスト協会という団体は公益財団法人で、「日本のすぐれた文化財や自然の風景地などを保全し、 利活用を通じて次の世代につなげます。」と謳っている。

僕の知る限りでは、わが国で唯一、土地の保全に取り組むこの団体は、設立時の「財団法人観光資源保護財団」の名の通り、観光資源を守ることを目指している。

恐らくこの団体は、保全すべき土地や建物を売却することはないだろうし、利活用を目的としているわけでもない。

だから、土地を財産とみれば、確かに「土地保有事業」は財団法人がふさわしいように思える。

土地資源とは、売らない土地のことだが、それは土地を守るためでなく、そこでの暮らしや営みを永続させることが目的だ。

土地を相続することで分割したり売却せず、ビジネスや生活の場としての地域社会としていつまでも保有したい。

その際、固定資産税の負担は免れない。

土地に対する固定資産税評価額の価格形成要因を調べると、下記の通りで

1.道路幅員や舗装などの道路要件

2.最寄駅からの距離や大型店舗距離などの交通・接近条件

3.下水道やガスの供給などの環境条件

4.都市計画用途や建ぺい率・容積率などの行政的条件

あたかも自治体に地代を払うような感覚だ。

だから、僕の団体は「固定資産税を負担する地主クラブ」のようなイメージだ。

「固定資産税を負担する人たちによる土地の共同保有と地域づくり」を目指す社団法人がふさわしい。

蛇足だが、僕が土地を財産と考えない理由はもう一つある。

それは「土地=地球」だということ。

土地所有権とは、他の人間に対して排他的に独占できる権利に過ぎず、すべての生き物を含む自然に対しては何の対抗力も持っていない。

土地売買のビジネスはますます盛んとなり、今や月の土地まで売買されている。

不動産投資そのものが金融商品化し、実際の土地を見ることもなく、不動産債権として活発に売買されている。

だがその陰で巨額の収益を得る企業以上に、税収をむさぼる政府の存在を僕は忘れない。

僕はこの世界を、マネーゲームの舞台でなく、命をはぐくむ地球として楽しみたい。